それを全く気にかけず買い物に没頭する保護者を時々見かけます。
もちろん、幼児を連れてまで買い物せざるを得ない状況もわかるのですが、度が過ぎると迷惑なのは正直なところ。
今回は、バスの車内という密室で起きた親子の迷惑行為を取材しました。
通勤バスは一人になれる自分だけの空間
新宿の不動産会社に勤務する吉村さん(仮名・39歳)は、数年前に念願のマイホームを茨城県内に購入しました。都心までの通勤は決して楽ではありません。毎朝、自宅近くのバス停から35分かけて最寄り駅まで向かい、そこから電車に揺られる日々。
それでも彼がこの生活を選んだのは、静かな環境で家族と過ごすためでした。
「家では幼い子供たちが元気に暴れ回っていますから、僕の居場所はトイレかお風呂くらい(笑)。だから、始発から乗るバスの時間は、誰にも邪魔されない貴重な『自分時間』なんです」
吉村さんは、いつもバスの最後部付近の席を確保し、最近ハマっているミステリー小説の世界に没頭するのが日課だといいます。その日も、お気に入りの一冊を開き、周囲の喧騒を忘れて読書を楽しんでいました。しかし、静かなはずの車内に、突如として不穏な空気が流れ始めます。
「最初は、運転手さんの独り言だと思ったんです。信号待ちでもないのにバスが停まって、運転席の方から『……誰も降りないの?』『やんなっちゃうな』という、困惑したようなブツクサ言う声が聞こえてきたんですよ」
繰り返される「空押し」と募る乗客たちの不審
吉村さんが再び本に目を戻してしばらくすると、また「ピンポーン」という軽快なチャイムが鳴り、バスが停車しました。そこはコミュニティセンター前の停留所。現在は改修工事中のため、普段から利用客はほとんどいない場所です。
ドアが開くものの、降りる気配のある乗客は一人もいません。運転手がバックミラーで車内を確認し、溜息をつきながらドアを閉める様子が、吉村さんの位置からも見て取れたそうです。
バスが再び走り出すと、またしてもチャイムが鳴り響きます。今度は明らかに「いたずら」であることを確信した空気が車内に充満しました。誰も降りない停留所で停まるたび、通勤を急ぐ人々の苛立ちが、目に見えない圧力となって膨れ上がっていくのが分かったと吉村さんは語ります。
怒号と信じがたい母親の「逆ギレ」
事件が起きたのは、その直後でした。バスの後部座席から、これまでの沈黙を破るような男性の怒鳴り声が響き渡ったのです。「おい、あんた! 寝てる場合じゃないよ! お子さんをちゃんと見張っとかなきゃ、みんなが迷惑してんだ!」
声の主は、険しい表情で通路を挟んだ母子を指さしていました。見ると、最後部座席に座っていた母親は、乗車して間もなく深い眠りに落ちていたようです。その横で、膝の上にいた幼児が面白がって、何度も降車ボタンを連打していたのが真相でした。
「お母さんは驚いて飛び起きていましたけど、その後の対応がまずかった。
母親は、「子供がやったことなんだから仕方ないでしょ! 私だって育児で疲れてるんです!」と反論。吉村さんはその言葉に耳を疑ったといいます。
「疲れているのは分かります。でも、公共の場であの態度は火に油でしたね。周囲の人たちも、最初は子供のいたずらだと分かって少し和らぐかと思いきや、母親の開き直った態度に一斉に矛先を向けたんです」
ようやく戻ってきたいつもの静寂
「謝るのが先だろう!」一人の声を皮切りに、それまで沈黙を守っていた乗客たちからも厳しい言葉が相次ぎました。もはや子供のいたずら云々ではなく、親としてのモラルや態度を問う糾弾の場と化してしまったのです。
「さすがにマズいと思ったのか、それとも居心地が悪くなったのか、その母親は次の停留所で子供を抱えるようにして逃げるように降りていきました。降り際も何かをぶつぶつ言っていましたけど、もう誰の耳にも届いていませんでしたね」
母子が去った後、バスの車内には再び静寂が戻りました。それ以降、不必要な降車ボタンが鳴ることは一度もなく、バスは遅れを取り戻すかのように駅へ向かって加速していったといいます。
「ようやく自分の世界に戻れましたけど、なんだか後味の悪い展開でした。僕も親ですから、子供を連れての移動の大変さは分かります。
吉村さんはそう言い残し、再び大切な「自分時間」へと戻っていきました。窓の外にはいつもの平穏な風景が流れていましたが、あの日の車内の熱気だけは、今も忘れられないといいます。
<TEXT/八木正規>
【八木正規】
愛犬と暮らすアラサー派遣社員兼業ライターです。趣味は絵を描くことと、愛犬と行く温泉旅行。将来の夢はペットホテル経営
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