2026年9月30日に西武渋谷店の営業終了が決定しました。かつてのセゾングループが文化の発信拠点として渋谷への出店にこだわり、西武と東急の間で繰り広げられた「渋谷戦争」は、西武渋谷店と東急百貨店渋谷本店の閉鎖で終結を迎えました。
西武渋谷店はバブル期の成功体験から抜けきれなかった印象があります。
西武渋谷店が閉店。パルコと明暗を分けた“超一等地”での生存戦...の画像はこちら >>

かつては若者が熱狂した先進的スタイル

西武渋谷店の土地建物権利者が、A館、B館、パーキング館の再開発に着手することを正式に決定。西武側は交渉を続けていたものの、今年9月末の退去が決まりました。西武渋谷店のオープンは1968年4月。伝説的な経営者である堤清二氏率いるセゾングループにおいて、渋谷店は特別な意味を持っていました。

当時、三越や高島屋といった歴史ある百貨店とは違い、西武グループのような電鉄系の百貨店はまだまだ庶民派。西武ブランドを特別なものとして消費者に浸透させるためにも、若者の街である渋谷で成功させる必要があったのです。

セゾンは国内の百貨店に先駆けてパリにオフィスを設立。エルメスやイヴ・サンローランなど高級ブランドとのパイプを構築します。その後も新進気鋭のファッションブランドを次々と発掘しては、代理店契約を結んだのでした。

セゾンは渋谷店のオープン後、西武劇場(現在のPARCO劇場)、スペイン坂スタジオを設立し、パルコ出版も立ち上げました。これは百貨店を拠点として、文化の発信に力を入れるため。堤氏は文化を発信することで話題ができ、マスメディアがそれに乗ることで情報が拡散、人が街に吸い寄せられることを狙っていました。


対する東急グループは沿線開発や沿線商圏の広告出稿に力を入れ、鉄道を使って渋谷に送客するという戦略をとりました。2社の集客方法は真逆のものだったのです。西武渋谷店はバブル期のDCブランドブームの聖地として、当時の若者から熱狂的な支持を得るに至りました。

超一等地の店でも集客力が弱まり…

しかし、バブル期が終焉を迎えると、西武の旗色は悪くなりました。一方の東急は1990年代に「109」をコギャルの聖地として唯一無二のファッション拠点に押し上げ、大成功をおさめます。カリスマ店員が自身をファッションモデル化し、消費者と身近な距離感でコーディネートの提案をするという新しい販売手法は、当時注目されました。

西武はハイブランドにこだわり、従来の高級路線から抜けきることができませんでした。コロナ前の2019年度における西武渋谷店の売上は432億円。西武池袋本店が1823億円です。渋谷店の売場面積がおよそ3万2000平米で、池袋は8万8000平米。1平方メートル当たりの売上は渋谷が135万、池袋が200万。渋谷店は池袋店の7割にも達していません。

一方、駅の1日の利用者数は渋谷が289万人で、池袋が234万人。
渋谷の方が1.2倍多いのです。西武渋谷店は渋谷の超一等地に店を構えながら、集客力が弱まっていました。西武渋谷は2018年ごろからインバウンド集客の強化を図りました。自動外貨両替機の新設、フリーWiーFiサービスの拡充、海外高級ブランドの訴求力強化などです。しかし、他の百貨店との差別化には乏しい内容でした。

インバウンドの取り込みに成功している渋谷パルコは、2025年3ー11月の取扱高が前年同期間比で1割増加しました。消費をけん引しているのがインバウンドで、全体の4割を占めています。渋谷パルコは大規模なリニューアルで、インバウンド消費の取り込みを戦略的に行ってきました。その核を担うのが「CYBERSPACE SHIBUYA」。ゲームやアニメなど海外で人気の日本のキャラクターグッズを扱っています。西武渋谷店は、外国人観光客を引き寄せるような大胆な集客装置に欠けていました。

消費の間隙に取り残された百貨店ビジネス

百貨店ビジネスはすでに明暗が分かれています。
インフレの進行によって国内の消費動向は二極化が進んだためです。三越や伊勢丹のように外商部が強い百貨店は堅調を維持している一方、西武百貨店のような電鉄系は苦戦する会社が目立つようになりました。

電鉄系の百貨店は一億総中流を支えた小売業の形態。衣料品に強みを持っていたものの、大衆向けのファストファッションの台頭と、富裕層のハイブランド化が進行したことで、消費の空白地帯に取り残されました。この現象は総合スーパーが苦戦する様子とよく似ています。

西武渋谷店は閉鎖することが決まり、池袋本店の売場の約半分はヨドバシカメラになりました。2023年1月には東急百貨店本店が閉鎖。一等地にあったとしても、中間層向けの総合小売業は力を失っているのです。足元の生き残り策は富裕層と外国人観光客の消費の受け皿へと移行すること。しかし、富裕層に恵まれているわけでもなく、インバウンド消費に期待できない地方都市も数多く存在します。そのような場所にある百貨店は苦戦が続くでしょう。

難しいのは、地方では再開発も進みづらいこと。
新潟三越の跡地の再開発プロジェクトは、計画通りに進めるための施工業者が見つからずに遅れています。当初の計画から規模を一部縮小する変更案なども検討されていますが、具体的な案は固まっていません。オフィスや住宅、商業の複合施設を作るにしても、建設コストの高騰で採算がとれる見込みが薄くなっているようです。百貨店の在り方と閉鎖後の跡地利用は、中長期的な社会問題となるかもしれません。

<TEXT/不破聡>

【不破聡】
フリーライター。大企業から中小企業まで幅広く経営支援を行った経験を活かし、経済や金融に関連する記事を執筆中。得意領域は外食、ホテル、映画・ゲームなどエンターテインメント業界
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