新年度が始まり、子どもの塾通いを検討し始める家庭も多いこの時期。首都圏模試センターの集計によると2026年の首都圏の中学入試受験者数は5万人を超え、受験率も約18%と過去最高水準で高止まりしている。

「中学受験はやったほうがいいのかもしれない」――そんな軽い気持ちで塾に通い始めたはずが、周囲の熱量や不安に押されるうちに、気づけば引き返せなくなっていた。いま、こうした状況に陥る家庭が後を絶たない。
今年2月に息子の中学受験を終えた会社員・島田敏弘さん(仮名・47歳)も、その一人だ。膨らみ続ける教育費、すれ違う夫婦の価値観、終わりの見えない課金の連鎖。

「このループを、どこかで終わらせたい」と語る島田さんの証言から、一般家庭が“受験の沼”にハマっていく実態に追った。

「GMARCH」を目指す偏差値40の息子に「720万円溶かし...の画像はこちら >>

「やらない」選択肢はなかった

――お子さんの中学受験を考え始めたきっかけを教えてください。

島田敏弘(以下、島田):妻が中学から大学までGMARCHで、今は年収1000万円超の大手企業に勤めていて。職場の同僚も、子どもを私立に入れている人が多いんです。だから妻にとっては、中学受験は当たり前の感覚でした。

「どこの部署の〇〇さんの子は開成に通っている」とか、「〇〇さんの子は桜蔭らしい」といった話を日常的にしていて、「うちの子たちも頑張らないとね」という空気になっていって……。中学受験をしない選択肢は、最初からなかったと思います。

一方で私は、中学も高校も公立で、一浪はしましたが志望の大学には入れたので、「別に中学受験をしなくてもいいのでは」と考えていました。なので、完全に妻主導で始まって、私は半ば強制的に巻き込まれた感じですね。


――塾にはいつ頃から通われていたのでしょうか。

島田:息子は小3からSAPIX(サピックス)小学部に通っていました。当時、上の子が日能研に通っていたんですが、妻が「成績が上がらないのはおかしい。息子はもっと厳しい環境に入れた方がいい」と言って、サピックスに入れたんです。
ただ、サピックスは教材がプリント中心で、その管理やフォローを親がかなりやらないと回らなくて。仕事と並行で対応するのは相当きつい。妻が根をあげてしまって……。子ども2人とも一緒に、「面倒見がよさそうだから」という理由で早稲田アカデミーに転塾させました。

母はスパルタ、父は“なだめ役”

「GMARCH」を目指す偏差値40の息子に「720万円溶かした」47歳父。中学受験で世帯年収2000万の夫婦関係に亀裂が入るまで
島田敏弘さん(仮名・47歳)
――受験における役割分担はどのような形でしたか?

島田:私は主に送迎で、勉強はほぼ妻の担当でした。私は、聞かれたら教えるくらい。妻は息子がうまくできないとすぐキレてしまう感じで大変でした。

――どのようなところが大変だったのでしょうか。

島田:もう、ずっと大変でした。
特に6年生になると、週に3回塾の授業があり、土日も模試や講習で全部埋まる。親も休む時間がないんです。その中で、妻は「せめてGMARCHレベルには入ってほしい」という思いがある。でも、息子は偏差値40前後で、塾でも1番下のクラスでヘラヘラしてる……。妻としては、もう耐えられないという感じでした。

計算ミスがきっかけで怒り、息子が泣きながら計算をやっていたこともありました。そのあと、ケアするのは、私の役割。「ママがお前のこと嫌いなわけじゃないからな」となだめたりしていました。

それでも妻からは、「結局、全部私がやってるじゃん。あなたはサポートする気あるの?」と言われることもあって。内心では「そもそも俺、この課金ゲームに参戦してないからな」と思っていました。

ひと月の「請求額24万円」に驚愕

――塾以外にも費用をかけられていたのでしょうか。

島田:上の子が小6の後半からオンライン家庭教師をつけていて、算数の成績が安定してきたんですよ。
それで「下の子にも」と、最後の半年くらい入れました。

ただ、スケジュールはかなり過密でした。月・水・金と土日は塾で、空いているのは火曜と木曜くらい。そのどちらかの夜にオンライン家庭教師を入れていました。

――費用をかけたことで、成績に変化はありましたか。

島田:劇的に伸びた感じはなかったです。オンライン家庭教師の時間中、妙に静かだなと思って様子を見に行ったら、マンガを見てサボっていたこともあって……。相変わらずやる気があるとは言えない状態で、成績も「ちょっと偏差値が上がったかな」くらいでした。

オンライン家庭教師に50万円もかけた価値があったのかと言われると、よく分からないですね。普段でも月6万円ほど払っていたんですが、受験直前の1月は、妻が息子に学校を休ませてオンライン家庭教師を入れていて。1月の請求が18万円。塾代の6万円と合わせると、1月だけで24万円以上かかっていたことになります。
明細を見た時は衝撃でした。

夫婦仲が悪くなってしまった

――これまでに中学受験にどのくらいの費用を使われましたか。

島田:息子の4年間の塾代と、半年分の家庭教師代で400万円以上。そこに上の子の3年間でかかった約320万円を足すと、合計で720万円以上になります。改めて計算すると、ちょっと憂鬱になりますね。

自分でNISAなどで資産運用を続けていることもあって、どうしても考えてしまうんです。「子ども2人で6年間かけて、受験に720万円使ってきたわけですけど、それを年利5%くらいで運用していたら、1000万円近くになってたんだろうな」と。

――中学受験という経験を通じて、お金で測れない価値というのは?

島田:あまり感じていないですね。なぜかというと、受験を通じて「勉強=やらされるもの、塾や学校、親が用意するもの」と思うようになり、自分から学ぼうとする主体性が見られなくなったんです。受験で大事なはずの気力や主体性が削がれてしまうくらいなら、別の形で、自分でモチベーションを上げて学ぶ力を身につけさせた方がよかったんじゃないか、と思いますね。

もちろん、進学した学校でそういう力を育める環境があるかもしれません。ただ、それってもう運じゃないですか。少なくとも、1000万円近くかけた受験の対価として得られるものではない気がしています。


なので、「得たものがあったか」と言われると、あまり実感はないですね。むしろ、夫婦仲が悪くなりました。自分のストレスを息子にぶつけている姿を見続けてきたので、「この人と老後までやっていけるのか」と思ってしまいますね。

「行きたくないと」逃げ出した息子、でも…

――夫婦間で衝突する場面もあったんですね。

島田:ありましたね、何度も。ある日、台所で口論になって、妻から「あなたのサポートが足りないから成績が上がらないんだ」と言われたんです。

それで、「息子が計算ミスしたくらいで泣かせてるお前に言われたくないわ」と思って、思わず「うるさい!」と言い返して。その勢いで、手に持っていた皿とフライパンを床に叩きつけてしまいました。一瞬、妻は動揺した様子を見せましたが、すぐに何事もなかったかのように振る舞いました。

当然、皿は割れるし、フライパンも歪むしで……。後片付けをしながら、「何やってるんだろうな」と、虚しくなりましたね。

――家庭内の空気が重い中、息子さんのモチベーションには影響はなかったですか。

島田:成績自体は、じわじわ微増という感じだったんですけど、モチベーションは下がっていきました。
「もう公立でいいや」とか言っていた時期もありましたし、ずっと「受験勉強をやめたい」と言っていました。

ある日、塾から「授業の時間になっても来てない」と連絡があって。慌てて通塾路を探しに行ったら、駅前で泣きながら「塾に行きたくない」と言って、本屋の中で歩き回っていたこともありました。

――それでも最後まで、どうやってやめずに続けられたのですか。

島田:もう、“人参”をぶら下げまくってましたね。次のクラス分けテストで上のクラスに行ったら欲しいものを買ってあげるとか、第一志望に受かったら旅行に行こうとか、ペットを飼おうとか……。手を変え品を変え。それで、なんとか最後までやり切った、という感じです。

いつになったら自由になれるのか

――中学受験を終えた今、どのようなお気持ちですか。

島田:結果として、息子は第一志望校には届かず、偏差値50程度の第三志望校に進学することになりました。第一志望とは偏差値で10以上の差があったので、正直厳しかったとは思います。

ただ、妻はまだその学校に未練があるようで、高校受験での再チャレンジも考えているようです。私としては、「もうそこまでやらなくてもいいんじゃないか」と思っていて。第三志望とはいえ入れたわけですし、進学先は大学附属なので、息子が望むならそのまま内部進学でも全然いいと思っています。でも、妻を見ていると、そうはいかなそうですね。

――中学受験が終わった後も、また次の受験に向けた動きが始まっていることについて、どう感じていますか。

島田:社会人になってからも感じることですけど、いわゆる“ムービングゴールポスト”みたいな状態だな、と。一つクリアしたと思ったら、また次の目標が設定される、というか。

「中学受験を終えたら、6年間は少し自由になるんじゃないの?」と思っていたんですが、全然そんなことはなくて、また新しいゴールが置かれているような感じがします。塾でも、中学受験が終わった直後から中学進学準備講座が始まっていて、息子も受講していますし……。正直、終わりが見えないですね。ずっと続いていく課金ゲームみたいだな、と。

中学受験って、第一志望に受かるのは3割くらいと言われていますよね。残り7割はどこかで折り合いをつけることになる。そんな中で、塾から「中学受験経験者は早慶附属の高校に受かりやすい」と言われると、「じゃあ次は高校受験でリベンジを」って思ってしまう親も少なくないと思います。うちの妻も、まさにそんな感じで。

「課金がやめられない」親の不安と承認欲求

――先の見えないゴールに向けて、課金が続いていく背景には、どのようなものがあると思いますか。

島田:均質化みたいなものはあるのかなと思います。高学歴で高収入、社会的地位も高い人たちが集まる環境に長くいると、その中の基準や価値観に引っ張られていくというか。

気づかないうちに、プライドとか見栄の張り合いになっていく部分はあると思います。自分が高学歴だと、子どもにも同じレベルを求めてしまうし、逆に、自分の中の学歴コンプレックスを子どもで埋めようとするケースもあるでしょうし。

妻は前者で、熱が入りすぎてモンスターペアレンツ化していました。塾に頻繁に電話したり、面談を求めては、「成績が上がらないのは、先生の指導に問題があるのでは」と言ったりしていました。問題なのは、子どもの学ぶ姿勢のはずなのに……。

――奥様は、学校など他の場所に対しても同じように主張されることはあったのでしょうか。

島田:受験前までは、そこまでではなかったと思います。学校に対して強く要望を出すようなこともなかったですし。ただ、中学受験を始めてから、完全にスイッチが入った感じで。

本来は子どもの受験のはずなのに、だんだん“自分の戦い”のようになっていったように見えました。共依存とまではいかないかもしれませんが、同一化している感じというか。

だから、第一志望校に入れなかったことにも、すごく悔しがっていましたし、「クラスの〇〇君はどこに合格したのか」と、知り合いの子どもたちの進学校を息子から聞き出している様子を見ていると、妻にとってもこの受験は“自分が参加している競争”だったんだろうな、と。

息子が勝つことで、自分も満たされたい、みたいな。これ以上、妻の承認欲求を満たすためのレースに巻き込まれるのは、もうしんどいですね。

コスパ悪い課金ゲームに参加する意義

――高校授業料無償化が注目される中で、中学から私立という選択肢への関心も高まりそうです。これから中学受験を考える保護者に、どのようなことを伝えたいですか。

島田:中学受験をコスパで考えると、決して良いとは言えないと思います。なので、その“コスパが悪い課金ゲーム”にあえて参加する意義があるのかを、始める前に考えた方がいいんじゃないかと。

それと、やってみて思ったのは、親が同じ温度感で前のめりになると、子どもは潰れるということです。どちらかが強く関与するなら、もう一方は引いた位置で見て、フォローに回るくらいがちょうどいいのかもしれません。

とはいえ、中学受験はある程度の経済力がなければ難しい。うちは世帯年収2000万円超ですが、それでも余裕はありません。お金を稼ぎながら、全体を冷静に見る役割の人間が、家庭内に一人は必要だと思います。ただ、それを両立するのは本当に大変で、気づいたら親の方が追い詰められている、ということも普通にある。なので、息抜きの時間を作ることも大事だと思います。

何より、中学受験の結果で子どもの人生が決まるわけではない。その前提だけは、最後まで忘れないほうがいいと思います。

<取材・文/秋山志緒>

【秋山志緒】
大阪府出身。外資系金融機関で広報業務に従事した後に、フリーのライター・編集者として独立。マネー分野を得意としながらも、ライフやエンタメなど幅広く執筆中。ファイナンシャルプランナー(AFP)。X(旧Twitter):@COstyle
編集部おすすめ