深夜0時を回ったXに、その投稿は紛れ込んでいた。
〈金晩のために。
華金、サクッと稼がない?〉
〈金欠の人借りるより稼ごう。簡単な即日、即金、案件 なんでもDM〉


 発信者は“マキ”と名乗る女性らしきアカウント。認証、買取、登録、ポイ活ーープロフィールや投稿に並ぶ言葉はどれも軽く、明るく、人懐っこい。

 だが、これは小遣い稼ぎの誘いではない。銀行口座の違法売買へ人を釣り上げる“悪魔の集客”なのだ。

「特殊詐欺の被害額は2024年に700億円を超えました。2025年は上半期だけで暫定1万3213件と、過去最悪のペースです。この犯罪収益金をキャッチする先として、犯罪グループは銀行口座を大量に保有しているのですが、入手先はSNSが主。闇バイト経由で検挙された者の53.2%、2114人が、口座を売り渡す犯罪収益移転防止法違反で挙げられています」(全国紙記者)

 詐欺グループが奪った金を即座に動かすには、本人に紐づかない“着金先”が要る。だから他人名義の口座が、いまも大量に食い潰されているのだ。

「仮想通貨もつけて」――3万5000円で人格を売る男たち

3万5000円で“人生終了”。「サクッと稼ごう」Xの甘い誘いで銀行口座を売った38歳会社員の末路
業者とのやりとり。銀行口座、仮想通貨取引所のアカウントの他、フードデリバリーやメルカリのアカウントの買い取り打診もあった
 家賃の引き落としを翌週に控えた会社員の中村武さん(仮名・38歳)は、怪しさを感じつつもXの集客アカウントにDMを送ってしまった。

「女性ですか?」と確認され、トークの続きを秘匿性の高いアプリTelegramへ移され、クロージングが始まったという。

「提示されたのは銀行口座の買取相場でした。
三井住友銀行は5万、三菱UFJなら10万、コインチェックやビットバンクがあればさらに10万円出すと言われ、揺れました。このときの私は家賃、携帯代、光熱費などを支払える算段がなく、詰みかけていたんです」

 中村さんが前向きな返事をすると、本人確認フォームが届いた。そこには実家の住所、職場名、勤務年数、家族や友人ら緊急連絡先、さらに自宅の写真と現在地までを提出せよとの文言があった。

「さすがに怖くなって、渋ったんです。すると、『あなたが変なことをしない限り、こちらも絶対にしない』と言う。口座を渡したら逮捕されるんじゃないか? と聞いても、それは絶対にないと。それを信じて、使っていないメガバンクの口座を1つ、渡しました」

3万5000円で口座凍結、ブラックリスト入り

 中村さんは甘言に翻弄されてしまい、判断を誤った。前出の全国紙記者が説明する。

「口座を売れば犯収法違反で、1年以下の拘禁刑または100万円以下の罰金。金融機関からも規約違反に問われ、口座は凍結・強制解約され、ブラックリストに載ります。他行でも口座は作れなくなる」

自分名義の口座が特殊詐欺に使われれば、ある日突然、捜査の手が伸びる。前科を背負うのは、口座の買い取りを持ち掛けた匿名の相手ではなく中村さんなのだ。

「銀行口座の闇取引の相場は、平均3万5000円ほど。
数万円のはした金と引き換えに、社会人としての足場をまるごと手放すことになってしまう」(前出・記者)

 魔の手はSNSだけではない。会社員の橋本美香さん(仮名・51歳)が絡めとられた入り口は、「在宅の副業バイト」。事務系の在宅求人にしか見えない、真っ当そうな募集だった。

「暗号資産のUSDTを口座で受け取り、別の宛先へ転送するだけ。時給は1200円でしたが、隙間時間でいいという好条件。経理アシスタントだと思って、手を出してしまいました」

 だが、結論から言えば送金の実態はマネーロンダリングだった。犯罪組織が騙し取った金の通り道に、自分の名義を貸していたのだ。

1000万円の値がつく「法人口座」

3万5000円で“人生終了”。「サクッと稼ごう」Xの甘い誘いで銀行口座を売った38歳会社員の末路
「個人系はほぼ間違いなく犯罪に悪用されると思ったほうがいい。法人口座はまるごとM&Aの形式を取るので、売主のリスクは限定的ではある」とブローカー
 なぜ、これほど銀行口座の需要が絶えないのか。口座売買の事情に明るい金融ブローカーに話を聞くことができた。

「用途は特殊詐欺の着金先だったり、SNSで売りさばく薬物の〝郵送販売〟の口座に使われたり。犯罪をやる人間からすれば、足がつかない口座は飛ばしの携帯電話と同じレベルの必需品だし、使い捨て感覚。それに、近年は中国向けの需要も伸びている」

 国外へ資産を移して安全に管理したい中国の富裕層の金が、送金規制をかいくぐり日本へ雪崩れ込む。不動産や車を買うための〝受け皿〟という、グレーな構図もあるという。


 中村さんが仮想通貨口座の有無を聞かれたり、橋本さんが送金を手伝わされたりした理由はここにある。すべては足のつかない一点へ収束していくのだ。

「好まれるのは信用力と限度額の上限が高く設定できるメガバンク。逆に、信金や地銀は使い勝手が悪いので敬遠されます。高度な話でいうと、法人口座のニーズが今、すごく増えていて。金融機関や口座の形態、送金上限額によっては1口座1000万円の値がつくこともある。そのため、SNSで釣ったカモに会社を開かせ、口座を開設させているグループもあります」

野放し状態の犯罪組織、捜査当局の一手は?

 自分の手を汚さず、他人の名義を、できるだけ長く使いたがる犯罪組織の面々。はびこる違法転売の先に待っているのは、逮捕だ。

「こうした事態を、当局も指をくわえてみているわけではありません。改正犯罪収益移転防止法(犯収法)が6月2日に成立し、正当な理由なく有償で送金を代行する〝送金バイト〟には、新たに2年以下の拘禁刑または300万円以下の罰金が科されることになりました。さらに警察による新たな捜査方法も導入されています。これは、金融機関の協力で架空名義の口座を開設し、買い取りを持ちかける詐欺グループにあえて提供。
入金された瞬間に凍結して被害回復につなげる、新たな手法です」(前出・記者)

 現行でも口座譲渡は、1年以下の拘禁刑または100万円以下の罰金。犯収法は公布から1か月後の施行となり、逃げ切れる時代は終わろうとしている。

「とはいえ、Xで釣れるようなカモがこんな細かい法改正を知っているわけがない。犯罪グループからすれば、口座さえできればいいわけで、後で捕まろうがどうなろうが気にも留めません。口座売買はそう簡単になくなるマーケットではないですよ」(前出・ブローカー)

 深夜のスマホに灯る「サクッと稼がない?」――その一行に手を伸ばせば、失うのは口座だけではない。家族の連絡先も、勤め先での信用も、自分の人生も、丸ごと値札をつけられて売り飛ばされる。決して手を出してはならないのだ。

取材・文/日刊SPA!取材班
編集部おすすめ