実は、2002年に東京都千代田区で全国に先駆けて作られた路上喫煙禁止条例の名前は、ちょっと意外なものでした。「受動喫煙防止条例」ではなく、「安全で快適な千代田区の生活環境の整備に関する条例」。当時の議論で大きく取り上げられたのは、煙の害よりもまず、「歩きタバコの火が小さな子どもや車椅子の人の顔の高さに来てしまう」という、物理的な危険のほうだったのです。
今回ご紹介するのは、過去に大きな反響を呼んだ実録エピソードから、幼稚園のフリマ当日、隣の路上で堂々と一服を始めたコワモテ3人組と、震えながら向き合った若い男性教諭の話。膝がガクガクのまま放った“ある一言”で、3人組は慌てて車に乗り込み去っていきました。
記事の後半では、世界の意外な「タバコのルール」も紹介しつつ、見た目で人を判断してしまう自分自身のことを、少しだけ考えてみたいと思います。
* * *
いろんな意味で見た目は大切です。
“優しそう”とか“かしこそう”など、話したこともない初対面の相手にそのような印象を与えることは、もはや才能なのかもしれません。もちろんその逆もあります。
今回は、見た目が真逆なコワモテの男性たちと関わることになった男性の挽回エピソードです。
朝から胸騒ぎのする出会い
彼は、都内某所の高級住宅街の幼稚園の先生です。その日は、幼稚園では父兄によるフリーマーケットが予定されていて、準備のため、いつもより早めに出勤しました。
ところが、駐車場に車を入れようとした時、ルーフにハシゴを積んだワンボックス車が駐車場の入り口を塞ぐように停まっていたそうです。
しばらく待っていると、車内から目つきの鋭い男性が出てきて、宮田さんの車が入れない様子に気付き、無言のまま数メートル前に移動させたと言います。
「別に大したやりとりがあったわけじゃないんですけど、こちらを威圧するような視線で。朝からちょっと嫌な気分になりましたね」
胸の奥に引っかかるものを抱えたまま、宮田さんはフリマの設営に取りかかりました。
園児の一言で気づいた異変
フリマが始まると、多くの園児や父兄で園庭は賑わいを見せたそうです。バザー品を広げる笑顔、久々に再会する母親同士の会話。そんな和やかな空気のなか、事件は小さな声から始まりました。
「ママー、煙がくさいよー。おじいちゃんのお家みたいで嫌だ」
しかし視線を隣の区画へ移した瞬間、状況を理解しました。そこには休憩中と思しき作業員風の3人組が、ガードレールに腰掛けながら堂々とタバコをふかしていたのです。
金髪や強面の風貌が目立ち、園庭に漂う煙は子どもたちの遊び場へと確実に流れ込んでいました。
さらに追い打ちをかけるように、一人の母親が宮田さんの前まで来たそうです。
「先生、この辺は路上喫煙禁止区域ですよね?園児も嫌がっていますし、なんとかしていただけませんか?」
現場の責任者として対応が求められる立場。けれど相手の雰囲気は、とても注意できるようなものではありませんでした。
震える声を振り絞り注意喚起
「あのぉ、煙がこちらの方に流れてきて、園児が迷惑しているんです。やめてもらえませんか?」
その瞬間、男たちのひとりが鋭くにらみ返し、声を荒らげました。
「はぁ?俺ら路上で吸ってんだぜ?お前らの敷地じゃねえだろ。ったく、何様だよ」
「もうだめだ」と心臓が縮む思いだったと、宮田さんは振り返ります。後ろに立つ母親たちは不安そうに見守り、子どもたちは遠巻きに状況を伺っている。
宮田さんは勇気を振り絞り目の前の男たちに注意喚起しました。
「ここは条例で路上喫煙禁止区域なんです。それに、あそこに防犯カメラがあります。映像を警察に提出したら、あなたたち、すぐ捕まりますよ」
ギリギリの決断が功を奏す
一瞬、その場の空気が凍りついたと言います。ただ、男たちは互いに目を合わせ、舌打ちをしながらも言い返してはきませんでした。
宮田さんにとって、それは勇気を振り絞ったギリギリの決断だったそうです。自分ひとりの問題なら黙ってやり過ごしたかもしれない。けれど園児と保護者を守る立場だからこそ、逃げられなかったのです。
「防犯カメラがなかったら、あそこまで言い切れなかったと思います。でも、あの状況で一歩踏み出さなきゃ、きっと後悔していたはずです」
子どもたちの無邪気な笑顔を守るために立ち向かった一人の先生。その背中は小さくとも、確かな重みを感じさせるものでした。
<TEXT/八木正規>
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■条例の名前が、ちょっと意外な話
リードでも触れたとおり、2002年に千代田区が作った全国初の路上喫煙禁止条例は「安全で快適な千代田区の生活環境の整備に関する条例」という名前。20年以上前、子どもや車椅子の人の顔の高さに火が来てしまうことを、大人たちが先に心配していたんだなあと思うと、宮田先生のあの「膝ガクガクの一歩」も、その流れの上にあったように見えてきます。■世界には、もっと意外なタバコのルールがある
ところで世界に目を向けると、タバコのルールにはもう少し意外な話があります。たとえば「禁煙先進国」のイメージが強いシンガポール。実は路上でタバコを吸うこと自体は禁じられていません。さらに驚きなのがブータン。仏教思想を背景に、2004年に世界で初めて国内でのタバコ販売を全面禁止した国です。ところが2020年、コロナ禍で密輸が増えてしまったため、政府はやむなく販売解禁へ方針転換。「世界一厳しい禁煙国」と呼ばれた国も、現実とぶつかりながらルールを動かしてきました。
並べてみると、煙のことだけでなく、火傷、ポイ捨て、闇市場――いろんな現実と折り合いをつけながら、ルールは少しずつ作られてきたんだなあと感じます。
■それでも、勇気を出して声をかけた先生のこと
それにしても、宮田先生の「防犯カメラに映っていますよ」のひと言、痺れます。膝はガクガク、でも子どもたちと保護者を背負っての一歩前――。そして3人組のほうも、舌打ちしながらもちゃんと車に乗って去っていった。見るからにコワモテだったけれど、本当はごく普通の大人たちだったのでしょう。人は、つい見た目で「言っても無駄そう」と諦めてしまいがちです。
<再構成/日刊SPA!編集部>
【八木正規】
愛犬と暮らすアラサー派遣社員兼業ライターです。趣味は絵を描くことと、愛犬と行く温泉旅行。将来の夢はペットホテル経営
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