「人生100年、定年は70歳」――そんな言葉を耳にする機会が増えた一方で、その手前の50代で会社を去る人は、むしろ増え続けています。長年勤めた会社に残り続けるのか、それとも区切りをつけて新しい道へ進むのか。
ふとした瞬間に足元がぐらつくような感覚を覚える方も、少なくないのではないでしょうか。
大手メーカーを早期退職した59歳男性「退職金4000万円上乗...の画像はこちら >>
東京商工リサーチの調査によれば、2025年に「早期・希望退職」を募集した上場企業は43社、対象人数は17,875人。前年(10,009人)からさらに78.5%増え、リーマン・ショック以降では3番目の高水準となりました。グループ全体で1万人規模の人員削減を発表したパナソニックHDをはじめ、ジャパンディスプレイ1500人、資生堂257人、三菱電機や明治HDなど――これまで安定の代名詞とされてきた名門企業にも、募集の波は静かに広がっています。しかも、今回特徴的なのは、業績悪化を背景としたものだけでなく、黒字経営のなかで実施される“構造改革型”の募集が目立つこと。「黒字リストラ」という言葉が、すっかり耳になじんでしまった方も多いはずです。

一方で、2025年4月には改正高年齢者雇用安定法の経過措置が終了し、これまで一部の企業で認められていた“基準を満たした人だけを継続雇用する”仕組みが廃止。希望者全員を対象とした65歳までの雇用確保が求められることになりました。70歳までの就業確保も企業の努力義務として位置づけられ、制度の上では、“残る”という選択肢はかつてより広がっています。割増退職金は数千万円規模に膨らみ、対象は40~50代が中心。決断を迫られる中高年は、もはや少数派ではありません。

今回ご紹介するのは、2021年10月に公開され大きな反響を呼んだ実話インタビューから、退職金4000万円の上乗せに背中を押されて早期退職を選んだ、ある大手メーカー元営業部長の話。
1300万円あった年収は、いくらになったのか。そして本人は、その選択をどう振り返るのか――。

記事の後半では、5年前の取材を踏まえつつ、いま改めて見つめ直したい“早期退職のリアル”について、最新データとともに考えてみます。

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退職金4000万円上乗せに背中を押され早期退職

 大企業を中心に早期退職者募集が急増している。元大手メーカーの営業部長、宮脇信夫さん(仮名・59歳)も55歳のとき早期退職に手を挙げた。

「会社は表向き否定していますが、どう見てもバブル入社組を標的にしたリストラです。僕の場合、退職金は4000万円を上乗せされました。早期退職後は、会社が連携する人材サービス企業による再就職支援で中小商社に部長として再雇用されたのですが、正直自分の選択を後悔しています」

辞めてわかった大企業の恩恵

大手メーカーを早期退職した59歳男性「退職金4000万円上乗せ」も大後悔のワケ/20年後には今の7割ほどの価値に?物価高で目減りする退職金
※画像は生成AIによるイメージです
 宮脇さんに何があったのか。

「1300万円あった年収は700万円に減りましたが、何より堪えるのが、再雇用先での商習慣の違いや環境の変化です。あまり大きな声で言えませんが、社内の機密情報がすぐ流出したり、業務上の金銭トラブルに巻き込まれるなど、職場が殺伐としていて、これまでの『良識』がまったく通用しないんです。外に出てはじめて、自分がいかに大企業という囲いに守られていたかを痛感しました」

長いものに巻かれるのがサラリーマンの正義

大手メーカーを早期退職した59歳男性「退職金4000万円上乗せ」も大後悔のワケ/20年後には今の7割ほどの価値に?物価高で目減りする退職金
※画像は生成AIによるイメージです
 現在は外部コンサルとして副業をしながら、独立も視野に入れていると宮脇さんは語る。

「現役時代は仕事ができない上司をバカにしていましたが、『あのまま上に迎合しておけば、そのまま昇進したのに』と退職後、他の部署の上役から言われました。不条理ですが、長いものに巻かれるのもサラリーマンの正義です。特に大企業に勤めている人は、たとえ給与が大幅に下がっても居座ることも立派な選択肢のひとつ。安易に早期退職するな、と言いたいですね」

 出るも地獄、残るも地獄。
会社員に吹き荒れるリストラの嵐、どちらの地獄を生きる?

<取材・文/週刊SPA!編集部>

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■「黒字リストラ」が当たり前になった2025年

宮脇さんの取材から、約5年。早期退職を取り巻く環境は、当時よりさらに大きく動いています。

冒頭でも触れましたが、2025年の上場企業による早期・希望退職募集は17,875人。前年の約1.8倍、リーマン・ショック以降では3番目の規模となりました。注目すべきは、業績悪化に追われた末の募集だけでなく、黒字経営のなかで「構造改革」として実施するケースが目立つこと。1社あたりの平均募集人数も拡大し、割増退職金は“年収の2倍”が一つの相場とされてきましたが、近年は40~50代に対して数千万円規模を提示するケースも珍しくなくなっています。

■「前向きな早期退職」のなかにある、複雑な本音

興味深いデータもあります。マイナビが2026年2月に発表した『ミドルシニアの希望退職に関する意識調査』によれば、2025年に転職した40~50代の正社員のうち、48.2%が「希望退職は自分にとってメリットの方が多いと思う」と回答しました。約半数が、希望退職を必ずしも“追い出されるネガティブな選択”とは受け止めていないことがうかがえます。

大手メーカーを早期退職した59歳男性「退職金4000万円上乗せ」も大後悔のワケ/20年後には今の7割ほどの価値に?物価高で目減りする退職金
※画像は生成AIによるイメージです
ただ、この数字だけを取り上げて「早期退職は意外とポジティブな選択肢」と結論づけるのは、少し早いのかもしれません。背景にあるのは、役職定年や賃金カット、評価制度の見直しによって、社内で“居場所”を感じにくくなった中高年の現実。「このまま残っても消化試合のような働き方が続くだけ。それなら割増退職金をもらって出た方が、まだマシ」――そんな消極的な前向きさが、この数字の裏側に滲んでいるようにも見えます。

同じ調査では、希望退職を前向きに捉えている層のうち、キャリアの方向性が明確だと答えた人の割合が58.2%。
前向きに捉えていない層(38.8%)を19.5ポイント上回りました。割増退職金という目先の数字だけで決断するか、その先の道筋まで描いた上で踏み出すかで、見える景色はずいぶん違ってくるのは確かなようです。

■年収半減のリアル、そして物価高という新たな壁

一方で、宮脇さんが体験した「年収半減」「商習慣の違い」「大企業の囲いを失う心細さ」は、現在もなお多くの人が直面する現実です。大企業出身の希望退職者の再就職先では、年収が300万円台にまで落ち込むケースも珍しくないと指摘されています。「ゼネラリスト偏重」のキャリアでは50代の転職が想像以上に難しく、年収を大幅に下げてもなお決まらない――そんな声も少なくないようです。

さらに追い打ちをかけるのが、物価高の問題。厚生労働省『毎月勤労統計調査』によれば、2025年度の実質賃金は前年度比0.5%減と4年連続のマイナス。退職金4000万円――5年前は“勝ち組確定”のような響きだったこの金額も、現在の物価感覚で受け止めると、また違った重みに感じる方もいるのではないでしょうか。

しかも、退職金は受け取った瞬間に使い切るお金ではなく、これから先の10年、20年と少しずつ取り崩していく“未来のための資金”。仮に年2%の物価上昇が続けば、10年後の4000万円の購買力はおよそ3280万円相当、20年後には約2690万円相当、つまり今の約7割ほどの価値にまで目減りする計算になります(複利で単純試算)。当時は「これだけあれば、老後も安心」と感じられた金額が、実際に使うころには、ずいぶん心もとなく見えてくる――。そんな“時間差で効いてくる物価高”の怖さも、いまの早期退職を考える上では、無視できない要素なのかもしれません。

■先輩の声に耳を傾けながら、自分の答えを

「出るのも、残るのも、それぞれに苦労がある」――宮脇さんのエピソードが残しているのは、そんなシンプルで、けれどなかなか言葉にしにくい現実なのかもしれません。


制度の上では“残る”選択肢は広がり、データの上では“前向きに早期退職を選んだ人”も決して少数派ではない。けれど、その「前向き」の中身を覗いてみると、社内で正当に評価されない苦しさや、消化試合のような毎日への閉塞感が見え隠れする。再就職市場の厳しさや、物価高という外的な逆風も、確かに存在します。正解は人それぞれ。ただ、先に選んだ方の声に耳を傾けることは、これから決断する誰かにとって、きっと小さな道しるべになるはずです。大変な時代ですが、それぞれの場所で、自分にとって納得できる一歩を探していけたら――そう思います。

<再構成/日刊SPA!編集部>
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