’26年8月、米・トランプ政権は国際刑事裁判所(ICC)の赤根智子所長を、資産凍結・入国禁止の対象に指定したと発表。制裁対象には家族も含まれる。
これはイスラエルのネタニヤフ首相への逮捕状発付に対するICCへの圧力とみられ、ICCは司法独立性への攻撃だとして強く反発した。
信州大学特任教授の山口真由氏は、赤根智子所長を「抵抗のヒロイン」として称揚する見方には違和感があるとみる。そのうえで必要なのは情緒的な喝采ではなく、ICCを実務面で支えることだと指摘する(以下、山口氏の寄稿)。

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赤根氏はヒロインか

赤根智子所長が率いる国際刑事裁判所(ICC)が激しい外圧にさらされている。国際組織を目の敵にしていたトランプ政権は、親密国であるイスラエルのネタニヤフ首相らに出された’24年11月の逮捕状を契機に、ICC解体キャンペーンを加速させた。結果、赤根所長個人が、米国からの制裁の対象となったのだ。

そんな中でも彼女を「抵抗のヒロイン」に祭り上げるメディアには違和感を覚える。

「私が死んでも裁判官の代わりはいる」。インタビュー中に放たれた彼女の言葉は、反米・反権力のストーリーにピタリとはまる、不屈の闘志を彷彿とさせた。ところが、その後何度求められても彼女はこの言葉を膨らませはしなかった。それはなぜかを知りたくて著作やインタビューを読み漁った。そこから浮かび上がったのは、対立を煽るより、物事を淡々と前に進める彼女の実務家としての姿勢だ。

例えば、ICCの予審判事としての彼女は、’19年、アフガン戦争における米国の捕虜拷問などの疑惑について調査を進めるべきではないと判断した。
トランプ政権から歓迎されたこの意見だが、米国に迎合する政治的な意図は全くなく、立証の難しい事件に限りあるリソースを割くべきではないという実務的な感覚だと説明している。また、ネタニヤフ首相に逮捕状を請求してICCの顔となったカーン主任検察官についても、メディアを利用して政治イシュー化する手法に、異例の踏み込んだ苦言を呈してもいる。

必要なのは実務支援

つまり、彼女は「法の支配」の体現者である。それは、政治問題に巻き込まれるのを好まない徹頭徹尾冷静な中立性によって担保されるのだ。そう考えると、制裁を科したトランプ政権のみならず、「残念」の一言で済ませる日本政府までも非難する材料に彼女を使うのは、その体現する価値への最大の理解不足に思えてならない。

確かに威勢のいい非難は胸がすくだろう。実際、ICCの管轄権に文句があったとして、裁判官個人を威圧するのは、法の秩序の破壊に等しい。だが真に必要なのは、情緒的な同情や喝采ではない。いつか来る「米国がICCそのものに制裁をかける日」に備えて、現状では米国抜きで維持できないプロバイダ、ITや保険を転換しなくてはならない。そのための莫大な費用や実務に淡々と協力し、現に進行中の法的手続きにおいてICCが真価を発揮し、国際社会の中で威信を取り戻すように支えていくこと──。

メディアの熱狂から離れた冷静な継続性こそが、薄氷の状態にある、この国際司法の枠組みを最後の一線で守る道ではないか。

トランプ政権が制裁…ICC赤根智子所長を「抵抗のヒロイン」と称揚する違和感<山口真由>
山口真由
<文/山口真由>

【山口真由】
1983年、北海道生まれ。
’06年、大学卒業後に財務省入省。法律事務所勤務を経て、ハーバード大学ロースクールに留学。帰国後、東京大学大学院博士課程を修了し、’21年、信州大学特任教授に就任
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