信州大学特任教授の山口真由氏は、赤根智子所長を「抵抗のヒロイン」として称揚する見方には違和感があるとみる。そのうえで必要なのは情緒的な喝采ではなく、ICCを実務面で支えることだと指摘する(以下、山口氏の寄稿)。
赤根氏はヒロインか
赤根智子所長が率いる国際刑事裁判所(ICC)が激しい外圧にさらされている。国際組織を目の敵にしていたトランプ政権は、親密国であるイスラエルのネタニヤフ首相らに出された’24年11月の逮捕状を契機に、ICC解体キャンペーンを加速させた。結果、赤根所長個人が、米国からの制裁の対象となったのだ。そんな中でも彼女を「抵抗のヒロイン」に祭り上げるメディアには違和感を覚える。
「私が死んでも裁判官の代わりはいる」。インタビュー中に放たれた彼女の言葉は、反米・反権力のストーリーにピタリとはまる、不屈の闘志を彷彿とさせた。ところが、その後何度求められても彼女はこの言葉を膨らませはしなかった。それはなぜかを知りたくて著作やインタビューを読み漁った。そこから浮かび上がったのは、対立を煽るより、物事を淡々と前に進める彼女の実務家としての姿勢だ。
例えば、ICCの予審判事としての彼女は、’19年、アフガン戦争における米国の捕虜拷問などの疑惑について調査を進めるべきではないと判断した。
必要なのは実務支援
つまり、彼女は「法の支配」の体現者である。それは、政治問題に巻き込まれるのを好まない徹頭徹尾冷静な中立性によって担保されるのだ。そう考えると、制裁を科したトランプ政権のみならず、「残念」の一言で済ませる日本政府までも非難する材料に彼女を使うのは、その体現する価値への最大の理解不足に思えてならない。確かに威勢のいい非難は胸がすくだろう。実際、ICCの管轄権に文句があったとして、裁判官個人を威圧するのは、法の秩序の破壊に等しい。だが真に必要なのは、情緒的な同情や喝采ではない。いつか来る「米国がICCそのものに制裁をかける日」に備えて、現状では米国抜きで維持できないプロバイダ、ITや保険を転換しなくてはならない。そのための莫大な費用や実務に淡々と協力し、現に進行中の法的手続きにおいてICCが真価を発揮し、国際社会の中で威信を取り戻すように支えていくこと──。
メディアの熱狂から離れた冷静な継続性こそが、薄氷の状態にある、この国際司法の枠組みを最後の一線で守る道ではないか。
【山口真由】
1983年、北海道生まれ。
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