“不機嫌”な態度で周囲を萎縮させる「フキハラ」。働く人の7割超が「職場に加害者がいる」と答え、退職や休職に追い込まれるケースも少なくない。
だが、法整備は十分とはいえず、被害が見過ごされがちだ。フキハラの深刻な実態に迫った。

休職や退職に追い込む例も。フキハラが全国の職場に蔓延

舌打ち、溜め息、無視…全国の職場に蔓延する「不機嫌ハラスメン...の画像はこちら >>
 挨拶は無視、業務報告をすると溜め息や舌打ち、書類を渡せば机に放り投げる……。どこの会社にも、こんな人はいるものだ。だが、たった1人の不機嫌によって職場の空気は急激に悪化する。

「不機嫌な態度をとることで相手を不快な思いにさせ、過剰に気を使わせたり、精神的苦痛を与える『フキハラ(不機嫌ハラスメント)』は、従業員のメンタルヘルスを悪化させ、企業の労働生産性を低下させる。現在のオフィスの大問題ですが、あまり認知されていないのが実情です」

「フキハラ」という言葉の生みの親で、この新種のハラスメントを研究する慶應義塾大学の満倉靖恵教授はこう話す。

 実際、クラウドソーシングのエムフロ社が500人を対象とした調査によれば、仕事をしている人の実に74.6%が「職場にフキハラをする人がいる」と回答。社内規定の作成・管理を支援するKiteRa社の調査では、「受けた言動が原因で、退職を検討した」人は45.8%に上り、代表的なフキハラである「溜め息、舌打ち、挨拶を無視」をされた人に至っては51.8%が退職を考えたという。

不機嫌は“伝染”する!?

 IT企業で働く30代男性が経験したのは、典型的なフキハラだ。

「チーフエンジニア(課長級)は、仕事が立て込むと当たりが強くなるんです。業務の報告に行ってもガン無視で、顔も上げずに10秒ほどPCをタイプし続ける。
『……あの』ともう一度声をかけると、バチンッ! とキーボードを壊れるほど叩きつけて、報告を聞いても『はぁ~あ』と周りに聞こえるように大きな溜め息。目も合わせず、『……で、何が言いたいの?』って。最近ではチーフの機嫌を損ねた人のほうこそ悪いという雰囲気になり、他の社員まで言動が荒くなる。職場は殺伐として、もう辞めたいです」

 フキハラが厄介なのは、不機嫌は“伝染”するからだ。

「脳波の研究で明らかになったのは、人間の感情はネガティブが主体で、他人の不機嫌にまで敏感に反応する事実です。さらに、他人の不機嫌に、人は無意識に同調してしまう。つまり、“不機嫌のパンデミック(感染爆発)”が起こるのです」(満倉氏)

「いつも不機嫌な人」は3つに分類される

舌打ち、溜め息、無視…全国の職場に蔓延する「不機嫌ハラスメント」の深刻な実態。仕事をしている人の約75%が「職場に“フキハラ”をする人がいる」
不機嫌
 フキハラを働くのは、上司とは限らない。スタートアップ企業に勤める40代の女性管理職は、こう話す。

「28歳の女性営業社員にみんな振り回されて……。優秀で仕事はできるけど、会議で自分の案が通らなかったり、課長と方針が合わないと、相手を露骨に無視して上司に呼ばれても聞こえないふり。周りに聞こえるように、『一番数字を出してるのに』と不満たらたらで、周囲は腫れ物に触るようにフォローせざるをえない。なまじ優秀なので、会社は彼女がそんな人とは思ってないようで、業績も挙げているから放置。おかげで、被害が集中した課長はメンタルを病んで、休職中です」

 フキハラ加害者である「いつも不機嫌な人」は3つに分類される、と満倉氏は言う。


「感情の起伏が激しかったり、物事をネガティブに捉える①性格的要因。家庭の問題や健康状態などが不機嫌を生じさせている②環境的要因もあるが、もっとも問題なのが③習慣的要因によるフキハラです。不機嫌な態度を示すことで、周囲が自分の言うことを聞いてくれることに味を占めて習慣にしてしまう。このタイプは、フキハラをする人の6割を占めるといわれます」

フキハラはグレーゾーン。会社は介入できない!?

 介護施設で働く30代の男性はフキハラの被害に遭ったばかりか、濡れ衣まで着せられたという。

「介護の現場は入浴介助をはじめ、1人じゃできない業務が多いけど、10歳ほど先輩の同僚は機嫌が悪いと一緒に作業しないんです。僕だけじゃなく、年下のスタッフには同じような態度。ある日、課長に呼び出され、『僕が仕事を手伝ってくれなくて困っている』と、その先輩から苦情があったと言う。ビックリして『先に共同作業を拒否したのは向こうです』と反論したけど、水掛け論で僕が悪いみたいな感じになっていい迷惑です。そいつは怒鳴るわけでも、ケンカ腰ってわけでもないから上司は野放しで、同僚は『今日は、そいつがちゃんと仕事してくれるかな』と気を回さなきゃならない」

 近年はハラスメント対策が進み、パワハラやセクハラ、そして妊娠・出産・育児を理由に嫌がらせをする「マタハラ(マタニティハラスメント)」、育児休暇や介護休暇を利用する人に対する「育介ハラ(育児介護ハラスメント)」が法律で定義され、企業に防止措置を義務づけている。さらに10月には、改正労働施策総合推進法が施行され、客による「カスハラ(カスタマーハラスメント)」、企業の採用に応募してきた人への「求職者等ハラスメント」も、企業に対策義務が課された。

舌打ち、溜め息、無視…全国の職場に蔓延する「不機嫌ハラスメント」の深刻な実態。仕事をしている人の約75%が「職場に“フキハラ”をする人がいる」
不機嫌
 フキハラはどうか。
職場のハラスメントに詳しい神奈川県立保健福祉大学大学院の津野香奈美教授が話す。

「現行法はフキハラを定義しておらず、対等な同僚の間でフキハラが起きても企業に対策義務はありません。企業はパワハラやセクハラなどのハラスメント対策に手いっぱいで、フキハラ対策までやりたくないという経営陣も多い。社内調査したという話もあまり聞かず、寝た子を起こしたくないのが本音でしょう」

被害者は今も泣き寝入りを強いられている

 時にフキハラは重大な結果をもたらす。’18年、東京ガスから子会社に出向した24歳男性が上司からフキハラを受け、うつ病を発症して自殺している。その後、遺族が行政訴訟を起こし、今年4月、労災を認める画期的判決が出た。裏を返せば、フキハラ被害は救済されにくいのだ。

 ’25年11月には、30代の栃木県自治体職員男性が、経験が長い女性部下による日常的なフキハラに遭い、2か月の休職に追い込まれ、慰謝料を求めた民事訴訟で和解を勝ち取っている。だが、原告男性は提訴前に弁護士に依頼したものの、「フキハラを明確な逆パワハラと認めてもらうのは難しい」と断られて納得がいかず、生成AIを駆使して本人訴訟に踏み切ったのだ。

 労働案件を手がけることも多い弁護士の藤原規眞氏は、こう明かした。

「フキハラは、グレーゾーンハラスメントゆえに証拠を集めにくい。解決する見通しが立たず、お金にもならないので、弁護士は普通やりたがらないでしょうね。
私が手がけた案件では、加害者に『これ以上続けるなら、法的措置をとる』と伝えたところ退職したので、問題は解決しました。でも、実際に裁判になったら困るなというのが、当時の偽らざる気持ちでした」

 法整備は後手に回り、裁判に訴えても救済されることは難しい……。フキハラは日本中の職場で静かに増え続け、被害者は今も泣き寝入りを強いられている。

慶應義塾大学理工学部教授
満倉靖恵氏
工学博士。医学博士。医工連携研究の第一人者。『フキハラの正体』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)など著書多数

神奈川県立保健福祉大学大学院教授
津野香奈美氏
職場のハラスメントや労働者のメンタルヘルスに精通し、政府委員を歴任。『「不機嫌な職場」を科学する』(SB新書)など著書多数

弁護士
藤原規眞氏
元衆院議員。氷河期世代で非正規雇用を転々とした経験から、国会議員、弁護士として労働環境の改善や格差是正に尽力する

<取材/山本和幸、取材・文/齊藤武宏、写真/Adobe Stock>
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