若い頃のやり方が通用しなくなり、それまで大切にしてきたものを手放しながら試行錯誤してきた40~60代の経験には、先行き不透明な時代に何かと不条理の多い人生後半を生き抜くヒントがあるはず。
今回話を聞いたのは、「スナフキンキヨキヨ」の名で“隙間バイトのプロ”として全国を渡り歩く山根清治さん(50歳・仮名)。
休日返上で労働、“幸せな家庭の父親”像の呪縛
1976年生まれの山根さんは名古屋の大学に進学し、1999年4月に愛知県の大手メーカーの下請け会社に新卒で入社。だったが、程なく学生時代から交際していた女性と結婚した。当時の大卒初任給は19万円前後。25歳で長女が生まれ、幸せの教科書通りにライフステージを歩む20代を過ごす。
「30歳までに3人の子どもに恵まれて家も購入し、同世代に比べてもわりと早婚で、友人や同僚からは羨ましがられるような20代でした」
暗雲が立ちこめてきたのは30代に入ってから。子どもの成長に伴って、習い事など教育費や生活費の負担が増し、父親として大きなプレッシャーと不安を感じるようになった。
「塾の値段を初めて聞いたときは本当に驚きましたね。他の家庭の話を聞いても塾に大金を払っているんだなと。父親の義務感みたいなものもあって、平日の仕事に加えて副業的に土日のバイトを始めて、習い事などの費用を賄うようになりました」
当時、山根さんは30代半ば。手取り27~28万円の会社の給料とは別に月5万~6万円を週末のバイトで稼ぐようになったが、休日返上の労働生活は長続きせず、山根さんの心身もボロボロに。家族との距離感や関係性も変化してしまった。
「元嫁は元嫁で家計の状況を当然よく理解していて、土日もワンオペで子どもを見なければならず、お互いにずっと不満を溜めて我慢している状態でした。
家族を幸せにするための労働が、家族との大切な時間を奪い、かえって家族の間に溝が生まれてしまう。皮肉な話だが、ありふれた夫婦間のすれ違いと言えなくもない。習い事を減らすなど、家族で相談はできなかったのか?
「いえ、『休みたい』『仕事減らしたい』とは言えなかったですね。いま思えば、そこまで追い詰められる前に『休めよ』って感じですけど。弱音を吐いて立ち止まる勇気が私になかったのか、ずっと前からお互いにしっかり話し合える信頼関係がなかったのか。自分でもわかりません」
離婚を経て気づいた幸せの定義
心身ともに燃え尽きた山根さんは15年以上勤めた会社を退職。約1年間の家庭内別居と自宅の売却を経て調停離婚が成立し、38歳でアパート1人暮らしを開始する。
子ども3人分の養育費は月10万弱。安定した収入を得られる正社員の仕事を探し、遺体搬送を専門とする運送会社でドライバー職を得た。日中の霊柩車での出棺に加え、病院や施設からの遺体搬送など、夜間待機や深夜の呼び出し、連勤も頻繁に発生する不規則で過酷な仕事だった。
「朝は9時半とかに出勤して、そのまま夜通し働き、翌朝も普通に出勤するような職場でした。私が働いていた会社は非常に昭和的なパワハラ体質で、離婚前に負けず劣らず体力的にはハードでしたが、ブラックとはいえ手取り35万円以上あり、辞めたいけど辞められないという葛藤が長くありましたね」
それでも長女と次女が成人すると、養育費の負担は着実に軽減。
「会社辞めてからは税金が払えなくて役所へ相談しに行ったり、家賃の支払いを待ってもらったり、今日・明日のお金稼ぎに必死でした。離婚後、県外の実家へ移った元妻とは一切連絡していないですし、成人した子どもからも全く連絡はありません。率直に寂しい気持ちはありますね。なので、モチベーションは正直ずっと低かったですが、養育費をしっかり払い終えた達成感は自分の中でありました」
もちろん親権や面会交流の有無に関わらず養育費の支払いは法的な義務だ。しかし、自身の生活に余裕がないなか、離婚後一度も会わない子へ送金し続ける寂しさも想像に難くない。
晴れて末っ子も昨年20歳を迎え、離婚当初は不幸のどん底を味わったものの、今は少しずつ自分のために時間を使えるようになった喜びを噛み締めている。10代の頃からスポーツ好きだった山根さんは現在、夜行バスで全国を巡り、各地で隙間バイトをしながら野球やサッカー観戦へ繰り出す生活を送る。
「自分が好きなことをできるようになったら、他人に嫉妬を抱くこともなくなって、本当にラクになりました。周りから収入や離婚のことで何を言われても気にならないです。無視して自分が胸張っていられれば関係ないし、何も問題ない。
“隙間バイトのプロ”の極意「イヤになったらいつでも逃げられる距離感」
「職場の雰囲気や人間関係って店長さんや社員さんも異動や転職で変わったら簡単に変わっちゃうし、その度にゼロからバイト探さないといけなくなるほうが大変なので。イヤになったらいつでも逃げられる距離感を保ちながら、基本的にはお気に入りの職場を複数掛け持ちしています。会社員の頃は周りの顔色を常に窺っていましたが、煩わしい人間関係からも今は解放されています」
大学時代から愛知県で過ごしてきた山根さんだが、最低賃金1280円で時給が高い東京にも積極的に出稼ぎに来ているそうだ。物価が高いイメージのある東京は、節約の選択肢も多く、生活費を抑えながら稼ぎやすいと語る。
「東京は時給1300円台の募集が多く、交通費込みで5時間働けば7000円ほど。それを1日2件、20日間続ければ税込28万円です。1泊2500円のゲストハウスなら月7万5000円で冷暖房やシャワー、Wi-Fiが使い放題。そこまで過酷な生活をしている感覚もないです」
主な働き口は無資格・未経験でも探しやすいホテルや飲食店、レンタカー店舗やイベント関連の仕事などなど。
「最近は隙間バイトで稼ぐより、“休み方”が難しいなとも思います。長く働き続けるためには、お金ができたら休むんじゃなくて、先に休まないといけないんです。無理して貯金する必要もないし、少し出費が嵩んだら多めに働くというスタイルで、今の自分が必要なだけのお金があればいいのかなと」
「自分の最期なんて誰にもわからない。霊柩車の仕事をしていた頃、身寄りがなかったり、葬儀の費用を払えなかったりして、自治体の支援を受けるケースも見てきました。老後資金をいくら貯めても、子どもがいても、最期まで何が起きるかわからない。結局、人間は誰かの助けを借りながら生きていくものなんだと思います。だから僕は、生活保護などの公的な支援を受けることにも抵抗はないし、必要以上に将来を心配せず、人生なるようになるかなと思っています」
<取材・文/伊藤綾>
【伊藤綾】
1988年生まれ道東出身、大学でミニコミ誌や商業誌のライターに。SPA! やサイゾー、キャリコネニュース、マイナビニュース、東洋経済オンラインなどでも執筆中。いろんな識者のお話をうかがったり、イベントにお邪魔したりするのが好き。毎月1日どこかで誰かと何かしら映画を観て飲む集会を開催。
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