24日に肺炎のため死去した、漫才コンビ「昭和のいる・こいる」の昭和のいる(しょうわ・のいる、本名・岡田弘=おかだ・ひろし)さん(享年88)の通夜が27日、東京・板橋区の新板橋駅前ホールで営まれた。喪主は妻・安紀子(あきこ)さん。

お笑いコンビ「ナイツ」の塙宣之、土屋伸之、落語家の林家たい平、お笑いコンビ「U字工事」の益子卓郎ら約90人が参列した。告別式は28日午前11時半から同所で営まれる。

 白と紫を基調とした祭壇で、戒名は「弘愉貫光信士」。笑いを届け続けた88年の生涯などを意味している。

 参列後、取材に応じたたい平は「ありがとうございましたの言葉しかありません。一緒の時代に芸人として生きることができて光栄です。でも、あの芸がもう見られないのは寂しいです。コンビとして2人はベストパートナーでした。僕が前座をしていたときからすでに超一流。同じ楽屋、高座、時代に居られたことがうれしかったです」と悼んだ。

 ナイツにとって、のいるさんは漫才協会の大先輩だ。同じく参列後に取材に応じた塙は「のいる・こいる師匠が劇場に出るとなると、客席がいっぱいになる。

それくらい人気だったし、おもしろい漫才だった。若手の時、ダメ元でお願いしたら、お笑いライブに来てくれたこともあった。天国でも2人は漫才をすると思う。最近はお会いしていなかったが、今日は『漫才協会は任せてください。ゆっくりお休みください』と声をかけました」と神妙な面持ちで語った。益子は「大阪にはない、関東の漫才を勉強させてもらった」と振り返った。

 石川県出身の、のいるさんは1966年に獅子てんや・瀬戸わんやに入門。こいるさんとコンビを結成した。のいるさんの話を、こいるさんが「ヘーヘーホーホー」「そんなもんだよ、しょうがねえ」などと早口でいいかげんに応えるやりとりで人気に。フジテレビ系「めちゃ×2イケてるッ!」出演を機に、広く知られるようになった。

 体調不良のため最後の寄席出演は2013年7月23日の浅草演芸ホール。こいるさんは、21年12月に前立腺がんのため死去していた。

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