歌手で俳優の福山雅治(56)が、故郷の長崎・山王神社に現存する被爆クスノキを題材にした楽曲「クスノキ―500年の風に吹かれて―」を30日にデジタル配信リリースする。戦後80年の今年、「全ての生命が等しく生きられる世界」を願い、「生命の尊さ、たくましさ」を描いた同曲を11年ぶりに新録。
楽曲のモデルとなったクスノキは樹齢500年と言われ、神社の境内入り口に今なお雄大にそびえ立つ。
原爆の爆心地から800メートル。熱線で焼かれ、一時は枯死寸前だったが、数か月後に新芽が芽吹いた。その姿は平和、再生のシンボルとして長崎市民を勇気づけた。
被爆クスノキは生命の力強さの象徴。高校時代の福山にとっても特別な存在だった。「東京に行ってミュージシャンになりたい」「長崎から早く出たい」。思春期特有の理想と現実のギャップに悩み、自らの無力さに落胆した時、無意識のうちに足を運んでいた。
「(物事が)解決するわけじゃないのに、クスノキの前にたたずむと、心を静められた。とにかく落ち着くことができたんです。今思い返すと、どうにもならないこと、どうにもできない気持ちを受け止めてもらっていたのかな。
楽曲はクスノキの視点から描かれ、「生命の尊さ、たくましさ」と「全ての生命が等しく生きられる世界」への願いを込めた。2014年のアルバム「HUMAN」の1曲目に収録されていたが、新たにボーカルレコーディングを実施。合唱隊やオーケストラが加わる形で編曲された。
ロシアのウクライナ侵攻、イスラエル・パレスチナ紛争など21世紀も戦火が絶えない。自身はナビゲーターを務めた「NHKスペシャル ホットスポット 最後の楽園」の撮影のため、海外の秘境を度々訪問。「生命の尊さ、たくましさ」に、じかに触れてきた。
「人間は食べ物、水や空気、他の命の存在がないと生きていけない。人類だけの地球じゃないんですよ。自然環境や生物との共存共栄が当たり前なのに、なかなかそうならない現実がある。その1つが戦争であり、今も国と国、それぞれの正義が衝突し合っている。だからこそ、この曲に込めた『全ての生命が等しく生きられる世界』というメッセージが重く感じられるんだと思います」
福山は8月9日に放送されるNHK総合の夏の大型音楽特番(詳細は後日発表)に、長崎から生中継で出演。一般の参加者と共に、新録された「クスノキ」を届ける。
「中学時代はブラスバンド部で、平和祈念式典の日はマーチング演奏し、市内を平和大行進していたんです。形は違うけれど(原爆が投下された)8月9日に音楽参加することになって、自分でも驚いています。NHKさんからいただいたオファーですが、この曲を必要としてくれる方がいるから実現するわけで。何かのお導きかもしれないですね」
歌唱参加には数万件の応募があり、その半数が県内からだった。「観覧募集と異なり、一緒に歌いましょう!という呼びかけだったので集まるかなと不安だったんです。でも、僕が思っている以上に、皆さんが歌いたい、社会課題に参加したいと思ってくれていた。長崎の多くの市民が関心を持ち、来たいと思ってくれた。その事実に感動しています」
自身の父親と祖父母は原爆を経験した。なぜ戦争が起こったのか、なぜ長崎に原爆が落ちたのか…。ロックミュージシャンを夢見ていた高校生の頃から、様々な感情が脳裏を駆け巡る。
「『なぜ』と向き合わなきゃいけない、自分なりに答えを導き出さなきゃいけない、これを表現しなきゃいけないという勝手な使命感と強迫観念に駆られていた。社会に対する感情や生きづらさを、音楽で表現するのがロックミュージック。
音楽の力を信じ、福山は歌い続ける。願うのは平和だ。
〇…楽曲配信による収益の一部は、20年に始動した「長崎クスノキプロジェクト」を通して長崎市のクスノキ基金に寄付される。同基金は、長崎市が被爆樹木の保存整備事業費補助金として使用。同市が所有する被爆樹木の保存・整備、被爆樹木の苗木育成などの財源に充てられる。