元HKT48の女優・兒玉(こだま)遥(29)はアイドル時代の2017年に双極性障害を患い、2度の活動休止を余儀なくされた。日々のプレッシャーや交流サイト(SNS)で中傷を受けたことで一時は感情も失うほどの深刻な状態に陥り、医師からは「回復する可能性は1割です」と告げられたこともあったという。
今でこそ穏やかな姿を見せるが、数年前には想像を絶するほどの窮地に追い込まれていた。
兒玉はHKT48に所属していた17年2月に双極性障害、いわゆる「そううつ病」を発症した。当時は体調不良と発表されてステージから離れ、一度は復帰したものの、同年末に再び活動休止。女優として活動を再開させるまでに、期間にして計2年近くのブランクを余儀なくされた。
この間、プリンやティラミス、ケーキを一晩で平らげるほどの過食状態で体重が20キロも増加。意識がもうろうとする中で、つじつまが合わない話を一人で続ける「せん妄」という症状が出ることもあったという。
不調の始まりは、11年のアイドルデビューから3、4年ほどがたった頃。自宅でも寝る間も惜しんで振り付けの練習やSNSの投稿などに明け暮れるうち、寝不足の日々が続いた。
「一言で言えば猪突(ちょとつ)猛進。10代から仕事していたので、『疲労って何?』っていう感覚で、休むという選択肢があることすら分からなかった」。
SNSでの誹謗(ひぼう)中傷も重なった。16年のNHK紅白歌合戦。全48グループを対象とした紅白限定の選挙で上位16人がパフォーマンスを披露できるという演出の中、夏の総選挙で自身最高の9位に入り、かすかな自信を持っていた兒玉は、3位の時点で自分の名前が呼ばれなかったことで「1位か2位で選ばれるかも」と思い、ステージ中央に駆け寄った。
しかし名前は呼ばれず、その場で号泣。視聴者からはSNSで「勘違い野郎」「自意識過剰」などといった罵詈(ばり)雑言が並べられた。当時、エゴサーチをよくしていたことから、あらゆる投稿が次々と目に飛び込んできた。「SNSで受ける言葉が私の世界だと思っていた」。真正面から受け止めたことで、心に負担がのしかかった。
心身ともに疲労困憊(こんぱい)し、気づけばステージに立つのもやっとの状態。思うようなダンスができず、舞台袖で泣き崩れることもあった。
やむなく活動を休止したが、胸の中では焦りばかりが募った。「アイドルで活躍できなかったら人生終わっちゃうくらいの気持ちで突っ走ってきた。『ここで休めないのに!』って思ってました」。気持ちだけが先行し、2か月後に無理やり仕事復帰した。
だが、回復しないまま戻っても、思い描くパフォーマンスができるはずもなかった。「うつは脳の病気。どれだけ仕事への意欲があっても想像通りに体が動かない。頑張りたくても頑張れないもどかしさがありました」。むしろ、自分のふがいなさに、さらに追い詰められた。
2度目の活動休止後は、何を考えるわけでもなく、ベッドから天井だけをぼーっと見つめるだけの時間が流れた。「落ちるところまで落ちたなって感じがしました。絶望ですよ」。その姿を見た医師からは「完全に回復する可能性は1割です」と告げられた。
そんな中、寄り添い続けてくれたのは母だった。どれだけ寝ていようが、マイナスな言葉は掛けられることは一切なく、「本当にそばで支えてくれた。足を向けて寝れないですね」と感謝する。1割の可能性を誰よりも信じ、静かに見守ってくれた。
すると、徐々に自分のペースで起き上がれる時間が増えていき、家族と何げない会話も重ねられるように。次第に感情を取り戻し、半年ほどたつと外出できるようにもなった。活動を休止して1年半後には、時間をかけながらも通常の暮らしを送ることができるまでになった。
自分を病気に陥れたともいえる芸能界への復帰は、相当な勇気が必要だったようにも思えるが「大きな決断ではなかった」とキッパリ否定する。「好きなことだから再チャレンジするけど、『できなかったらすぐやめよう』って感じでスタートした。自分に期待しないスタンスで『ダメだったらヨガトレーナーになろうかな』とか、たくさん退路を設けました」。逃げ場を作ることで、心の余裕を持つことができた。
自分を苦しめたSNSとの向き合い方も変えた。「広い目で見れば応援してくれる人はただ見てるだけだったり、『いいね』を押すだけだったりするけど、あえてコメントする人に限って人を傷つけようと刃を向けてくる。それを鵜呑(うの)みにしないで見ていると、『小鳥が鳴いてるな』くらいで受け流せるようになりました」。今でもたまにエゴサーチをするが、視野を広く持つことでダメージを被ることはなくなった。
20代前半にして文字通り波乱万丈の経験をしたが、アイドルになったことを「1ミリも後悔してないです」と言い切る。その理由を「今の自分が好きだから」と即答した。
どん底に落ちたことも全て受け入れ、前を向いている。「うつの経験があったおかげで自分の鎧(よろい)が分厚くなって『何でもかかって来い!』くらいのメンタルになった感じがする。タフな心を作ってくれたきっかけになりましたし、今では過去の自分に感謝してますね」。苦しんだ時間は、決して無駄ではなかった。
19日には病気の経験を中心に自身の半生をつづった著書「1割の不死蝶 うつを卒業した元アイドルの730日」を発売。休養生活の他に、1000万円を費やしたという美容整形や恋愛などについても赤裸々に記した。「人間ってみんなきれいな部分ばっかりじゃないし、転んだり立ち止まったりする。それでも『前を向いて少しでも希望を信じて過ごしていれば大丈夫なんだよ』っていうメッセージを届けたいです」と願いを込める。
この先、まだまだ続く人生の道のり。ただ、未来に向けて明確な目標を掲げない。「本当に健康体で元気に楽しく毎日を過ごせるのが何よりの幸せだと気づくことができた。穏やかに毎日が過ぎていったらいいなと、ただただ思ってます」。