◆スポーツ報知・記者コラム「両国発」
学生時代から約30年間、「人を撮る」ことに携わってきた。その中で忘れられない俳優がいる。
通常、取材時間は約1時間で、撮影は5分ほど。もっと短い場合もある。この日は悩みながら立ち位置を決め、照明などのセッティングが完了したが、劇場横のパブリックスペースだったせいか、関係者から「ほかのお客様がいるので」と場所の変更を求められた。大急ぎで撤収し、移動して再びセッティング。中井を待たせることになり、現場に緊張感が走った。
全身から汗が噴き出している私に、中井は「慌てなくていいから。納得のいく写真を撮ってくださいね」と声をかけてくれた。被写体に気を使わせてしまったが、焦る気持ちが楽になり、撮ることに集中できた。多くの関係者が見守る中での撮影は、ただでさえ緊張する。それでもわずかの時間、被写体と対峙(たいじ)できる「2人だけの世界」は至福の瞬間だ。
撮影後、待たせてしまったおわびと感謝の気持ちを伝えると、中井はジャケットの胸元からハンカチを出してプレゼントしてくれた。「お疲れさまでした。今日はありがとう」。その一言で思いやりと心の余裕に救われた気持ちになり、涙が出そうになった。また取材できる機会があったら、少しでも成長した姿を見せて恩返ししたい。
(写真担当・小泉 洋樹)
◆小泉 洋樹(こいずみ ひろき)2020年入社。主に芸能を取材。