パドレスは19日(日本時間20日)、オールスターに2度選出され、サイ・ヤング賞受賞経験を持つランディ・ジョーンズさんが75歳で亡くなったと発表した。

 パドレスは以下のように声明を発表した。

 「パドレスは深い悲しみで愛する左腕投手、ランディ・ジョーンズ(RJ)氏の逝去を悼みます。ランディ氏は50年以上にわたり球団の礎であり、パドレス初のサイ・ヤング賞受賞投手として輝かしい功績を残しました。1999年にはパドレスの殿堂入りを果たし、現役引退後もその影響力と人気はますます高まり、球団の偉大な親善大使として、そしてファンの心からの人気者となりました。RJ氏と出会い、野球や人生について語り合うことは、彼と時間を過ごす幸運に恵まれたすべての人にとって喜びでした。彼は私たちの人生と球団の歴史において、まさに偉大な存在でした。この辛い時期に、妻マリー氏とジョーンズ家の皆様に心よりお悔やみ申し上げます」

 ジョーンズ氏は1972年、チャプマン大からパドレスにドラフト5巡目指名を受け、翌73年には23歳でメジャー昇格。20試合に登板し139回2/3を投げて防御率3・16という好成績を残し先発ローテーションの柱として経歴をスタートさせた。球速は速くないもののリーグタイ記録となる68イニング連続無四球を記録する抜群の制球力でシンカーとスライダーを武器に74年にはリーグワーストの22敗を喫したが、75、76年には2年連続20勝をマーク。75年は防御率1位でサイ・ヤング賞投票2位、翌年は315回2/3を投げリーグ最多の22勝してサイ・ヤング賞を受賞した。

 しかし、この登板過多もあってか翌年以降は成績を落とし80年までパドレスに在籍、81、82年はメッツでプレーしメジャー生活を終えた、通算305試合100勝123敗、防御率3・42。1933イニングで三振は735と少なかった。

 1997年に背番号35が永久欠番に、99年に球団の殿堂入りを果たした。

編集部おすすめ