今年度の映画賞レースの幕開けとなる「第50回報知映画賞」の各賞が1日、発表された。新人賞は「栄光のバックホーム」(秋山純監督)で映画初主演した松谷鷹也(31)が受賞した。

元阪神タイガースの外野手で、2023年に脳腫瘍のため死去した横田慎太郎さん(享年28)の壮絶な人生を演じきり、観客の胸を打った。

 劇中で堂々と役を生き抜いた松谷だが、取材では、がっしりとした体から自信なさげに声を発する。「受賞は本当に信じられない気持ちが強いです。本当に…うれしいですね」と、はにかんだ松谷を見て、取材に同席していた秋山監督は「おしゃべりは課題です」と笑った。

 映画の企画が立ち上がった4年半ほど前から横田さんと交流してきた。横田さんのいるホスピスに通い、多くの時間を共有した。「初めてリモートで話した時から好きだなと思いました。まじめなんですけど、ちょっと天然で、絶妙なバランスがすてきでした」。2人には共通点も多い。元ロッテ外野手の横田真之さんが父の横田さんと、元巨人投手の松谷竜二郎さんが父の松谷。共にプロ野球選手の父を持ち、左投げ左打ち、背格好も「双子のようだった」(秋山監督)。

 23年に横田さんが亡くなり、24年にクランクインした。

横田さんの人間的な魅力は、スクリーンの中にいる松谷にそのまま反映されている。

 松谷は小学生から野球を始め、高校時代は学法福島で投手として活躍し、東北大会では当時花巻東の大谷翔平投手と対戦経験もある。肩を壊し大学で野球を辞めたが、この作品のために練習を再開した。

 最初は仲間とのキャッチボールから始め、広島の社会人チームの練習に参加して、本格的に野球に打ち込んだ。体重は74キロから94キロに増量。「奇跡のバックホーム」と言われた名シーンを始め、すべて自身でプレーして演じた。「怒濤(どとう)の日々でした。撮影期間中のことはそんなに記憶がないんです。それまで慎太郎さんと一緒にかけてきた時間、共にした時間で、もう役作りは終わっているような感覚もあった。だから、本番では慎太郎さんとしてそこにいる、という感じでした」

 プロ野球選手を夢見た理由は、子どもたちの背中を押す姿に感動したからだ。「芸能の仕事にもそういう力があると思う。プロ野球選手になりたかった理由と、今、俳優で頑張っていたい理由はつながる」

 これからの夢を聞けば、「またここまで人生を懸ける作品と出会い、見た人の背中を押せればうれしい」と答える。

宣伝活動で全国を回る中、父・竜二郎さんから電話があった。たったひとこと、「謙虚にいけよ」。横田さんの魂を受け継いだ遅咲きの新人は愚直にまい進する。(瀬戸 花音)

 ◆栄光のバックホーム 横田慎太郎(松谷鷹也)は2013年のドラフト会議で阪神に2位指名され、将来を期待されるも、21歳で脳腫瘍を発症する。現役引退を余儀なくされた慎太郎は、最後の試合で奇跡のバックホームを見せる。母(鈴木京香)の献身的な愛を受けながら壮絶な闘病に挑む。

 ▼奇跡のバックホーム 2019年9月26日、横田さんの引退試合となったウエスタン・リーグの対ソフトバンク戦(阪神鳴尾浜球場)。1096日ぶりの公式戦で、8回表途中から中堅の守備で出場した横田さんは、視力が回復していない中、目前に飛んだ打球を素早く処理し、本塁へのノーバウンド返球で二塁走者を刺した。

 ◆松谷 鷹也(まつたに・たかや)1994年1月22日生まれ。神奈川県出身。31歳。21年、映画「ブレイブ―群青戦記―」に出演。

22年の映画「20歳のソウル」では裏方としてお弁当の手配やロケ車の運転などを担当した。25年11月から芸能事務所アービングに所属。特技は睡眠学習、整理整頓。趣味は料理、筋トレ。父は元巨人投手で実業家の松谷竜二郎氏。

 ▼新人賞・選考経過 渋谷龍太、黒川想矢、尾上眞秀を推す声もあったが、1回目の投票で松谷が過半数を獲得。「これから高倉健さんや緒形拳さんみたいな役者に育ってくる期待も込めて」(藤田)、「もっと怖い役、ヤクザ役などでもこれから成長していってもらうとすごくいい」(荒木)

 ◆選考委員 浅川貴道(読売新聞文化部映画担当)、荒木久文(映画評論家)、見城徹(株式会社幻冬舎代表取締役社長)、藤田晋(株式会社サイバーエージェント代表取締役)、松本志のぶ(フリーアナウンサー)、YOU(タレント)、LiLiCo(映画コメンテーター)、渡辺祥子(映画評論家)の各氏(五十音順)とスポーツ報知映画担当。

 ◇おことわり 見城徹委員は、自身が製作総指揮した「栄光のバックホーム」がノミネートされた全部門の選考と投票を棄権しました。

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