オリックスに楽しみな新人が加わった。10月のドラフトでは育成枠を含め、11人を指名。

支配下7人のうち5人が高校生で、31日付で退任する湊通夫球団社長(63)や福良淳一GM(65)が「ワクワクプランです」と口をそろえた。WEST報知では「Ho!ットルーキーズ」と題して、各競技の新人を随時紹介する。第1回は、ドラフト1位の藤川敦也投手(18)ら上位指名された3投手を取り上げる。

 延岡学園・藤川は、11月28日の新人入団会見で背番号「31」の真新しいユニホームに袖を通し、九州NO1投手からの進化を誓った。「この世代のトップを背負っていかなければ」。同校の森松部長は、球団OBでワールドシリーズMVP・山本由伸(ドジャース)を宮崎・都城高時代に指導。“同門”の先輩に負けじと「(最優秀)防御率とか最多勝、沢村賞を取れる投手に」と夢を描いた。

 ヤング北九ベースボールクラブでプレーした中学時代は、オリックスの宮崎キャンプを見学。「全員の球が強いし、素晴らしいな、と。(中でも)山下舜平大投手はすごかった」と、同じ福岡出身の161キロ右腕に度肝を抜かれた。高校時代は、山下の福岡大大濠時代の動画を教材とし、自身も153キロ右腕に成長。入団が決まると「直球もすごいけど、カーブの強さはすごい。

あの落差を聞きたい」と早速“弟子入り”を志願した。

 幼少期は地元・ソフトバンクの熱狂的ファン。本拠地・みずほペイペイDには年に数回ほど訪れ、声援を送った。今では、同じパ・リーグのライバル球団として強烈に意識。「特に野手がすごい、本当に。でも、やるしかない」。対戦したい選手には、憧れの柳田を指名。「自信はあります!」と、看板打者への真っ向勝負を宣言した。

 「プロ野球選手になるということを常に考え、一緒に行動してきた」。ドラフト後は、小学4年時に他界した父・真一さんに仏壇の前で報告。「お母さんが周りに自慢できる選手になりたい」と、母・七恵さんへの恩返しも約束した。「直球の強さが持ち味。

しっかりとプロ野球界で生きていきたい」。無限の可能性を秘めた18歳が、大きな第一歩を踏み出した。(南部 俊太)

 ◆藤川 敦也(ふじかわ・あつや)2007年10月23日、福岡・飯塚市生まれ。18歳。穂波東小4年時に軟式の穂波ブルースカイで本格的に野球を始め、穂波東中ではヤング北九ベースボールクラブでプレー。延岡学園では1年秋からベンチ入り。甲子園出場はなし。変化球はカーブ、スライダー、フォーク、チェンジアップ。好きな言葉は「継続」。

 

 ◆阪急(オリックス)のドラフト上位3人以上が高校生投手

【66年1次】

〈1〉水谷孝(三重)

〈2〉流敏明(小倉商)

〈3〉斎藤芳明(鹿沼農商)

〈4〉保谷俊夫(日大一)

〈5〉田代静夫(九州工)

【73年】

〈1〉江川卓(作新学院)

〈2〉山下浩二(熊本二)

〈3〉池田昭(秋田商)

【06年高校生】

〈1〉延江大輔(瀬戸内)

〈3〉梅村学人(三重)

〈4〉仁藤拓馬(島田商)

※田代と江川は入団拒否。06年は分離ドラフトで順位ではなく巡目。大学生・社会人で希望枠(逆指名)を使ったオリックスの2巡目はなし。

 ◆主な高卒選手のドラフト当たり年

 ▽1981年・巨人 1位の槙原寛己(大府)が94年に平成唯一の完全試合を達成するなど、通算159勝をマーク。3位の吉村禎章(PL学園)は87年に30本塁打。5位の村田真一(滝川)は通算1134試合に出場し、正捕手としてチームを支えた。

 ▽2010年・ソフトバンク 育成4位の千賀滉大(蒲郡)はNPB通算87勝。20年に最多勝、最優秀防御率、最多奪三振の3冠。23年からメッツでプレー。同5位の牧原大成(城北)は今季、首位打者を獲得。同6位の甲斐拓也(楊志館)はベストナイン3度、ゴールデン・グラブ賞7度獲得。今季から巨人に所属。

 ▽11年・日本ハム 2位・松本剛(帝京)は22年に首位打者。FAで巨人に移籍。4位・近藤健介(横浜)はベストナイン5度。

ソフトバンクに移籍した23年に本塁打、打点、最高出塁率の3冠。24年に首位打者と最高出塁率でMVP。6位・上沢直之(専大松戸)は今季、ソフトバンクで12勝を挙げるなど、2ケタ勝利3度で通算82勝。

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