第102回箱根駅伝(来年1月2、3日)で、6年連続39回目の出場となる山梨学院大は、2016年以来10年ぶりのシード権(10位以内)獲得を目指す。3位で通過した10月の箱根駅伝予選会では14人のメンバーに選ばれなかった傳法谷元(でんぽうや・げん、3年)が滑り込みで本戦のメンバー入り。

大崎悟史監督(49)が「1年前には想像できなかった」と驚くチーム一の成長株が、古豪を復活へと導き、珍しい名前を全国にとどろかす。

 今季急成長で、傳法谷は初めて箱根駅伝メンバー16人入りを果たした。箱根予選会はメンバー漏れも、11月の上尾シティハーフマラソンでチーム内の日本人では、4番目となる1時間3分8秒の好記録をマーク。自己最速を1分29秒も縮め、夢の箱根路を視界に入れた。「アピールできたかなと思い、自信になりました」と手応えを語る。

 陸上か、吹奏楽か。我孫子市立新木小4年の時、2つしかなかったクラブ活動で前者を選んだのが箱根駅伝への出発点だった。だが、中2、3と千葉県総体に出場も入賞はなし。西武台千葉高での唯一の入賞は高2新人戦5000メートルの8位だった。「わずかでもチャンスがあるなら」と箱根出走への夢を抱き、山梨学院大へ進学した。

 箱根メンバー候補の「強化組」に対し、傳法谷は2年までは「育成組」だった。闘志を燃やしても、日々の練習で痛めた尻と膝が「曲げる動作だけでも」痛かった。

特効薬などない。日々、地道に努力を重ね、光が見えたのは1時間4分49秒で走った今年2月の神奈川ハーフマラソンだった。夏合宿前に「強化組」へ初昇格した。10月の箱根予選会は14人のメンバーには入れなかったが「本戦にはまだチャンスがある」と上尾ハーフにかけた。

 我孫子市の実家から近い東京ディズニーランドが大好きだった。「家族や友達と年に2回ぐらいは行っていました」。10月にチームがサンリオとスポンサー契約。ユニホームの左胸にハローキティのロゴが入った。傳法谷は「キティちゃん愛」の醸成中で、サンリオピューロランド(多摩市)散策も「箱根が終わったら家族と」と計画中だ。熱望するのは注目度が高い10区。インターネットサイトの「名前由来ネット」によると、全国に40人しかいないという。父・淳さんの出身地である北海道に多いという珍しい名字を「知ってもらいたいです」。

箱根路へキティととも初出走して、全国にその名を知らしめる。(甲斐 毅彦)

 ◆箱根駅伝を走った珍しい名字のランナー

 ▽国士舘大・鼡田(ねずみだ)章宏 17年5区13位、18年5区12位、5区20位。全国に20人。

 ▽拓大・白髪(しらが)大輝 18年8区18位、19年8区14位。全国に860人。

 ▽日体大・分須(わけす)尊紀 22年4区16位、23年4区16位、24年8区19位、25年8区9位。全国に320人。

 ▽山梨学院大・土器屋(どきや)快都 25年10区18位。全国に210人。

※名前由来ネット調べ

 ◆傳法谷 元(でんぽうや・げん)2004年5月21日、千葉・我孫子市出身。新木小4年で陸上を始める。湖北中を経て、西武台千葉高2年時の県新人戦の5000メートルで8位入賞。

自己ベストは5000メートル14分29秒38、ハーフマラソン1時間3分8秒。尊敬する選手は東洋大ОBの「2代目・山の神」柏原竜二氏。油そばが好き。172センチ、52キロ。家族は両親と姉。

 ◆山梨学院大 1985年、強化指定クラブとして本格始動。箱根駅伝は87年に初出場。89年に初めて留学生を起用。優勝3回(92、94、95年)。出雲駅伝優勝6回、全日本大学駅伝は2位が10度。練習拠点は甲府市。長距離部員数は56人、学生スタッフは4人。

タスキの色はC2Cブルー。主なOBに87年大会10区を走った漫画家の高橋しん氏、2008年北京五輪男子マラソン代表の尾方剛氏(広島経大監督)ら。

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