箱根駅伝は来年1月2、3日に第102回大会が開催される。駅伝やマラソンの「細かすぎる解説」でおなじみ増田明美さん(61)、箱根駅伝ランナーで東洋大の山上り5区で4年連続区間賞を獲得し「2代目・山の神」と呼ばれた柏原竜二さん(36)が、今回の箱根駅伝への期待などについて対談。

11月の全日本大学駅伝で監督車取材を担当する2人だからこそ知る、各監督の魅力やチームの特徴などについても語り尽くした。(取材・構成=手島 莉子)

 学生3大駅伝第2戦の全日本大学駅伝は監督車に乗って取材をした2人。各監督のカラーが垣間見える。

 増田さん(以下、増)「いつも前から2番目に乗っているよね」

 柏原さん(以下、柏)「はい。同列ですね。僕は去年から乗るようになりましたが、増田さんは何年乗っているんですか?」

 増「10年弱かな」

 柏「10年!? 監督車って毎年同じに見えて、雰囲気は変わると思います。一番おもしろかったのはいつですか?」

 増「何年か前、駒大の大八木弘明総監督が一番左の選手側の席を取ったの。でも窓が開かなくて福島弁で文句を言っていて、おもしろかったです。あと今年思ったのは、ああ見えて一番激しいのは中大の藤原正和監督ですね」

 柏「確かに、ガツンと言いますよね」

 増「諦めんなって言って、パッと窓を閉める。言葉がナイフのよう。意外性がありました」

 柏「優しそうで昔はすごくギラギラした選手だった。我が道を行くタイプ」

 増「短い言葉の中でどう鼓舞するか、監督たちの言葉選びのセンスみたいなものを感じますね」

 柏「青学大の原(晋)さんは普段いろいろなことを言っているから、試合ではあえてシンプル。

いけ、いけ、いくんだよ!って」

 増「原さんはね、ウルトラポジティブ。背中を押す。追い風ですね」

 各監督は駅伝シーズン、常に出走メンバーに頭を悩ませている。

 増「全日本の時、原さんが言っていました。負ける時には2つの理由がある。実力がない時と、監督の采配で配置ミス。パズルをどう入れるかって常に考えている。夜寝る時も考えているんですって」

 柏「国学院大の前田康弘監督は全日本の時に、(メンバー選考に)情が出ちゃったって言っていましたよね。情をかけない。なぜなら情は、他の選手に移るし説明がつかない」

 増「今の話を聞いて安心した。前田さんの印象って勝負師。そういう人でも情に負けるんだって。

まだ若いのに、駆け引きとかすごくできる方だから」

 柏「もともと情の人だと思いますが、俺は指導者になるんだって、勝つためにって消していると思います」

 増「みんな本当に迷いながらやっていますよね。私は絶対に向いてないもん…。監督たちを見ていると、人を育てて勝たせる。そういう人間を学べる」

 今大会は青学大、駒大、国学院大、中大の“4強”と言われ、し烈な優勝争いが予想される。

 柏「群雄割拠。勝ち方を知っているのは青学大ですよね。黒田朝日くんが2区なら、各チームは1、3区などの序盤をどうするって考えないといけない」

 増「黒田さんって腕時計をしていないんでしょう。だから私は“時をかける少年”って思う。次元が違うところで勝負している感じ。キーパーソンですね」

 柏「あとは中大。前回1区区間賞の吉居駿恭くんがどの区間か、みんなが知りたいところだと思う」

 増「なるほどね」

 柏「駒大はしっかり10人そろえてくる。そうなった時、空いたところに佐藤圭汰くんっていうのが、相手が一番嫌だと思う。

前回の7区もそうでしたよね」

 増「うん、うん。いきなりだったもんね。あとは新しい2区ね」

 柏「新しくってなると、谷中晴くんだと思います。山の5、6区も山川拓馬くん、伊藤蒼唯(あおい)くんと経験者がいますが、来年はいなくなっちゃいますからね。駒大は山に若手を入れられれば、往路は盤石かなって思います」

 増「全日本5区でゲームチェンジした伊藤さん。2区はないの?」

 柏「考えづらいですね。伊藤蒼唯という選手は、レースマネジメントがうまい。単独走や追いかける時がむっちゃ得意。長所が伸びるのは3区とか4区。競ると追いかけるって違うんですよね」

 増「追いかけてヨコハマだね」

 柏「ブルー・ライト・ヨコハマかと思いました…」

 増「ハーフマラソンの記録も大事なのよね? それでいくとどこが強いの?」

 柏「駒大、国学院大は良いと思います。ただ、それは高速レースと言われるコースで出した記録もあります。箱根駅伝は東海道中。

五十三次、駅があるくらい休まないといけないところを駆け上がる。記録をうのみにしちゃいけないところもあります」

 増「十返舎一九の東海道中膝栗毛【注】。選手にもやじさん、きたさんは必要?」

 柏「僕は付き添いが鍵を握ると思っています。選手ともう一人、待機所に入れるんですが、そこでどう声かけするか、どんなテンションでいるか。僕は仲の良い1つ上の先輩を3年間指名しました」

 「2代目・山の神」としては今大会の5区も当然、注目ポイントだ。

 柏「経験した人は、もう一回って難しいんですよ。期待値もあるし」

 増「よく上ったよね、柏原さん。2年目からは苦しさを知っていて、どんな気持ちで上ってきたの?」

 柏「みんな、苦しかったよねって言ってくれます。だから考えてみたんですが、実質シンプル。下(平地)の走力を上げたら、上も上れるよねって。単純なんです、カラクリは」

 増「はぁ~、なるほどね」

 柏「早大の5区には工藤慎作くんがいるから、そこまでにどうつなぐかっていうプランが作れますよね」

 増「山の名探偵ね」

 柏「僕らの時代、山はやりたくない区間だったから、すごく差がつきました。でも、今はみんな山の神になりたいんですよね」

 増「最近は山の妖精とか山の探偵とか、おもしろいよね。

若林宏樹くん(元青学大)は若の神」

 柏「工藤くんはインタビューを見ていても付加価値をつけようとしない。シンプルに強くなれば上れるじゃんって。そう、この感覚!って思いました。その部分でも、工藤くんに期待するところがあります」

 増「花田さんに話を聞いた時にね、『工藤は、みんなから山の探偵って言われるから最近、特に山の探偵になってきた』って」

 柏「あぁ~、名は体を表すじゃないですけど」

 増「そうそう。アップダウンのある道を、読み解きながら走っているって。緻(ち)密にペース配分や調整の仕方、読み解きながら走っているって」

 柏「これ、すごい大事。読み解きながらって良い表現ですよね。僕もこの傾斜はこうだなとか、やりますね。このコースはあのコースに似ているとか」

 増「柏原さん、区間新記録も3回出されて、ずっと期待されて、よく同じ区間で頑張ったね。小学校の時にソフトボールをやっていたでしょう。影響って、陸上に出ているの?」

 柏「何にも出ていないです(笑)」

 増「あぁ~、そうなの?」

 【注】「東海道中膝栗毛」は江戸時代の戯作者、十返舎一九の代表作。弥次郎兵衛と喜多八が江戸から伊勢詣で、大阪まで東海道を旅する道中でさまざまなドタバタを起こす喜劇小説。

「日本のガイドブックの原典」ともされている。

 〇…2人は箱根駅伝へ挑む学生ランナーたちへ直筆でメッセージ。増田さんは「楽しんで」、柏原さんは「主役と覚悟」と記した。

 増「とにかく皆さんに、楽しんで走ってほしいです」

 柏「みんなが主役の大会です。全員にバックグラウンドがありチームではなくて個人が主役。そこにチームとしての格、走ることに覚悟が必要だと思います」

 【取材後記】 さすが、陸上界を代表するおしゃべり上手なお二人だ。増田さんがお土産に持ってきてくれたお菓子、シュトーレンの食べ方の話から流れるように対談が始まると、血液型の話、犬派猫派の話…と箱根とは離れた話題で大盛り上がり。ここまでで10分経過。柏原さんの「あっ、そろそろ!」という声かけで、箱根対談へシフトチェンジしたが、お二人の掛け合いがとにかくおもしろく、正直もうちょっと聞いていたかった。

 あっという間に1時間30分を超え、取材終了。柏原さんは数日後にお会いした国学院大の取材現場でも「増田さんと楽しくお話しさせていただいただけですが、あれ、本当に記事にできますか?」と心配してくれたが、とても素敵な記事が出来上がりました。取材とは思えない、楽しい時間だった。(陸上担当・手島 莉子)

 ◆柏原 竜二(かしわばら・りゅうじ)1989年7月13日、福島・いわき市生まれ。36歳。中学1年から陸上を始め、いわき総合高3年時に都道府県駅伝1区区間賞で注目を浴びる。08年に東洋大進学後、09~12年の箱根駅伝5区で区間賞を獲得、3度の総合Vに貢献。「2代目・山の神」と呼ばれた。実業団の富士通に進んだが、故障に悩まされ17年に現役引退。現在は富士通に在籍しながら、スポーツ全般の支援活動など幅広く活躍。

 ◆増田 明美(ますだ・あけみ)1964年1月1日、千葉・いすみ市生まれ。61歳。成田高3年時に3000メートルからマラソンまで長距離6種目の日本記録を更新。83年オレゴンTCナイキマラソンで2時間30分30秒の日本記録を樹立。84年ロサンゼルス五輪は途中棄権し一度引退。87年に現役復帰するも92年に再度引退。マラソン解説のほか、スポーツライター、大阪芸大教授など幅広い活動を行っている。

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