長嶋茂雄さんを撮り続けたカメラマンが撮りたくても撮れなかった場面とは。
スポーツ報知で連載した「ありがとうミスター」から長嶋さんの秘話を紹介する。
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長嶋茂雄さんをプロ4年目の1961年から撮り続けたのが、スポーツ報知OBの中山広亮さん(85)。監督として巨人のユニホームを脱ぐまでミスターを追いかけたベテランカメラマンが、秘蔵写真の数々をエピソードとともに振り返る。
長嶋さんがつけた番号は現役時代の「3」、監督1期目の「90」、2期目の「33」、そして「3」。中山さんは4つの背番号全てをカメラマンとして撮り続けた。今回、自身のベストショットに挙げたのは、ファンを魅了した現役時代でも5度のリーグ優勝(日本一2度)を果たした監督時代でもない。2001年9月30日、東京ドーム。2期目の勇退セレモニーで、スピーチに向かう後ろ姿だという。
「最後だから、どうしても3番の背中が撮りたくてね。表情もいっぱい撮ったけど、雰囲気があるのが欲しかったんだ」。演出のため場内の照明が消えた。暗闇に乗じてカメラ席を出た。「バックネットの前に各社1人」という撮影ルールを忘れ、集団を離れた。
後日、報知新聞社へ退任のあいさつに訪れた長嶋さんに写真を見せ、サインを入れてもらった。「何で3番が欲しいの? みんな後ろ姿ばかり撮るんだよね」。笑顔のミスターに「そりゃそうでしょ」と返した。中山さんは「何だかうれしそうだったね」と懐しそうに語る。
練習で、遠征先で、長嶋さんはカメラマンが紙面映えする写真を撮れるように、何も言わず気を使ってくれた。名古屋の公園ではソフトボールに飛び入り参加し、広島では子供と自転車で遊んだ。「やってくれ、なんて言っていないよ。俺の表情をじっと見ていて、いきなり一般の人に声をかけて始まるんだ」。ポーズを頼むこともあったが、しつこいのは好まなかった。「1~2枚撮ると『今のでいいよ』って。現像してみたら目を閉じているかもしれないし、不安だからもう少し撮りたいけど、『目はつむってない。
撮りたくても撮れなかった場面もある。現役時代終盤の名古屋遠征。宿舎に出入りできるおおらかな時代だった。「試合前の昼過ぎに様子を見に行ったら、部屋からボールを打つ音が聞こえてね。ドアを開けたらパンツ一丁で、積み重ねた布団に向かってボールを打ち込んでいるんだ」。ただ、付きっきりで特訓している荒川博コーチは撮影を認めない。カメラを置いて正座して見た。師弟の真剣勝負。
◆中山 広亮(なかやま・ひろすけ)1940年6月25日、東京都生まれ。85歳。61年に報知新聞社に入社し、写真一筋で巨人などを担当。定年後も月刊ジャイアンツで2004年まで現場に携わった。

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