ヴェルトライゼンデの、強い意志が宿る瞳が忘れられない。“不治の病”とも言われる屈腱炎を2度も発症しながら、重賞を2勝。

逆境に負けない、鋼のような心を持った馬だった。屈腱炎の再々発により2月に引退。種牡馬入りへの道が開けた矢先の3月29日、骨折により安楽死処置が施された。急死を知ったときは、途方もない悲しみに襲われた。

 現役時代に担当していた橋口助手に話を聞く機会があった。勝った22年鳴尾記念と23年日経新春杯、3着と好走した22年ジャパンC…。様々な思い出を振り返ってもらったが、印象的なエピソードの一つが、同厩だった白毛馬シロニイとの因縁についてだった。

 シロニイはヴェルトライゼンデの3歳年上で“先輩”だ。しかし、橋口助手が「ボスみたいな感じだった」と言うように、ヴェルトライゼンデは気が強く、シロニイに常に目をつけていたという。一度、その“宿敵”に挑発された際は「一戦交えたことがあって…。蹴って、シロニイが前膝を付いてノックアウトされたことがありました」。後輩の“完勝”だったという。

 それ以来、シロニイが100メートル先にいても気付くようになり、いつも互いに威嚇しあっていたそうだ。シロニイは23年12月から阪神競馬場で誘導馬としてデビューした。もし、ヴェルトライゼンデが阪神のレースに出走したとき、シロニイが誘導していたらどうなったのか…と考えてしまう。

 ヴェルトライゼンデを見るたび、近寄りがたいようなオーラを感じていたが、それは私の思い込みではなかった。シロニイとの因縁はクスッと笑える話ではあるが、この負けん気の強さがあったからこそ、何度もケガを乗り越えられたのだと思う。

 引退からわずか1か月ほど、8歳での旅立ちは、あまりにも早すぎる。今はただ、痛みから解放されて、安らかに過ごしていることを祈ります。ヴェルトライゼンデの走りと不屈の精神を、いつまでも忘れずにいたい。(中央競馬担当・水納 愛美)

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