「木曽路の女」「津軽の花」などのヒットで知られる歌手・原田悠里(71)がこのほどスポーツ報知のインタビューに応じ、「人生の応援歌」という新曲「運試し」をアピールした。

 1982年のデビュー以来、記念すべき60枚目のシングル。

「歌手としての還暦。もっと早く“運試し”させてもらいたかった」と笑う。

 「どうせ一度は あの世とやらへ」から始まる歌詞は印象的だ。71歳を迎え「いい大人になって丸くなって物分かりが良くなるのかなと思ってたら、全然ならないんですよね(笑)」。最初に詞を知った時は硬派な内容に驚いたが、「今は一番私がノリノリ」という。

 カップリング曲の「酔いしれたいの」は、失恋した女性の歌。「泣きながら歌えちゃう。人間は弱いところもあるし、鼓舞しながら頑張っていくのが人生」と自らを重ねる。

 40年以上変わらないスタイルは努力のたまものだ。長年続けている一日1時間の筋トレに加え、4年前からはヒップホップダンスを取り入れている。「演歌にはないリズムがすごく楽しい。ドレスやミニスカートを着なくなっちゃったら、皆さんがっかりすると思う。

声だけでなく体も使って表現したい」と意気込む。

 大学卒業後に音楽教師として公立小学校に勤務した後、歌手・北島三郎(89)に弟子入りした異色の経歴の持ち主。「この展開自体が、ものすごく貴重な経験。教え子に変な姿を見せちゃいけない。『先生、頑張ってるね』と言われることが子どもたちへの恩返しになれば」とうなずく。23年には北島の事務所から独立したが、定期的に連絡を取り続けている。

 鹿児島大の先輩でもある京セラ創業者・稲盛和夫氏(2022年死去、享年90)も、もう一人の“師匠”だ。「えこひいき以外の何でもない」というほど寵愛(ちょうあい)を受け、稲森氏が主宰した経営者向けの勉強会「盛和塾」にも志願して入塾した。「経営者の皆さんは稲盛さんに怒られたことを誇りにされている方が多い。私は褒められたことを誇りにしていますね」と胸を張った。

 毎日のようにLINEでやり取りするという歌手・坂本冬美(58)からも刺激を受けている。「芸や舞台、ファンに対する誠実さを徹底している」と、年下ながらリスペクトしている。

 9月には自宅で女優・若尾文子(92)からプレゼントをされた皿を落として割ってしまい、右の手のひらを5針も縫うけがを負った。慣れない左手のみを使って生活していたら、親指がしびれる「バネ指」(指のけんの炎症)に。それでも「いい意味で初体験」と前向きだ。

 デビュー45年目となる今年は、どんな一年にしたいか。「(熊本の)天草にいた頃から思っていた歌手の夢が実現して、こんなに続けさせていただけるとは思わなかった。年齢を理由にせず、壁を突破していきたい。新曲も『運試し』ですから、ここからスタートという気持ちでやりたい」。2026年もフレッシュに突き進む。

 ◆原田 悠里(はらだ・ゆり)本名・原田よしみ。1954年12月23日、熊本県本渡(現・天草)市生まれ。71歳。鹿児島大教育学部音楽科卒業。

横浜市の小学校の音楽教師を経て、北島三郎に弟子入り。82年「俺に咲いた花」でデビューし、日本有線大賞新人賞を受賞。85年「木曽路の女」がミリオンヒット。「津軽の花」がヒットした99年から3年連続でNHK紅白歌合戦に出場。

編集部おすすめ