◇ノルディックスキー・ジャンプ W杯(4日、オーストリア・インスブルック)

 インスブルックで伝統のジャンプ週間第3戦を兼ねた男子個人第14戦(ヒルサイズ=HS128メートル)が行われ、二階堂蓮(24)=日本ビール=が合計276・5点で初優勝を果たした。日本勢のW杯勝利は16人目。

1回目に131メートルで首位タイにつけ、2回目も128メートルの好飛躍で2連勝中だったドメン・プレブツ(スロベニア)を抑えた。エースの小林陵侑(29)=チームROY=は10位。6日で開幕まであと1か月となったミラノ・コルティナ五輪のジャンプ男女代表は19日に内定する。

 二階堂の絶叫がインスブルックのジャンプ台に響き渡った。電光掲示板の一番上に自分の名前が載り、自身初のW杯制覇が確定。瞬間、他選手にもみくちゃにされて祝福されると「やったー」と喜びを爆発させた。自身4度目(今季2位2度、3位1度)のW杯の表彰台でついに頂点だ。「もう超うれしい! そのまま天まで飛んでいっちゃうんじゃないかというくらい気持ち良かった」。声をからし、興奮しまくった。

 大きな、大きな0・5点差だ。1回目にヒルサイズを越える131メートルの大ジャンプをし、首位タイにつけた2回目。低い助走姿勢から鋭く空中に飛び出し、飛距離をぐんと伸ばして128メートルで着地。

2万人が詰めかける伝統のジャンプ週間で、重圧で崩れても不思議ではなかったが、好飛躍で3連勝を狙った強敵D・プレブツを僅差で退けた。精神面が課題で安定したジャンプが2本そろえられない日々が続いたものの、もろさはない。「壁を乗り越えた」と成長の跡を示した。

 ジャンパーだった父・学さんの影響で小2から競技を始めた。北海道・下川商高時にW杯代表になるなど「スーパー高校生」と言われたが、実業団入りはかなわなかった。2020年に東海大に進学も、当時はコロナ禍。学業との両立が厳しくなり「競技に専念したい」と1年で退学した。1年間、田植えや草刈りなどアルバイトで生計を立て競技続行。輝かしい競技経歴に隠れた「雑草魂」が光った。

 ミラノ五輪シーズンのW杯開幕前、22年北京五輪ノーマルヒル(NH)金メダルの小林陵侑に頼り切りの男子日本の現状を「いつまでも陵侑さん頼みではダサい」と評し「いつか超えたい」と胸に秘めて戦ってきた。この勝利で2月の五輪での金メダル候補にも急浮上。日本が待望した小林陵との二枚看板で、98年長野ラージヒル(LH)以来の個人2種目(NH、LH)での複数表彰台入り、さらにミラノ五輪から採用される2人で挑むスーパー団体、男女で臨む混合団体と4つのメダル取りも視界にとらえた。

「ここで優勝しちゃったら他(の試合)であまり感情が出ないかも。それこそ五輪以外では」と笑った。覚醒(かくせい)した24歳のニューヒーローが、主役候補に名乗りを上げた。

 ◆二階堂アラカルト

 ▽生まれ 2001年5月24日。北海道・江別市

 ▽経歴 大麻泉小―大麻東中―下川商高―東海大(中退)

 ▽W杯デビュー 高3でW杯札幌大会に出場し、2戦で35、46位に終わり本戦に進めず。22~23年シーズンに遠征メンバー入りし本格参戦。25年11月29日のルカ大会(フィンランド)で2位に入り、初の表彰台

 ▽代表 世界選手権は23、25年の2大会に出場

 ▽五輪会場 ジャンプが行われるプレダッツォ・スキージャンプスタジアムは父・学さんが出場した世界選手権と同会場

 ▽趣味 映画鑑賞

 ▽試合前のルーチン 深呼吸

 ▽家族 両親、姉、兄

 ▽サイズ 1メートル66

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