第102回箱根駅伝(2、3日)は青学大が史上初の同一チーム2度目の3連覇(通算9度目)を果たした。出番がなかった選手たちは8日後の11日に行われた東京ニューイヤーハーフマラソンで力走。

昨年11月の全日本大学駅伝1区12位の榲山一颯(すぎやま・いぶき、1年)が優勝、5区を区間新記録で走った「シン・山の神」黒田朝日(4年)の弟・然(ぜん、2年)が2位と上位を占めた。「箱根11区」と呼ばれるレースで、青学大には「11区で力走した選手は翌年の箱根で活躍する」という伝統がある。

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 華やかな新春の箱根路とは対照的だった。「箱根11区」の荒川河川敷は強風が吹き、荒涼としていた。

 年末に行われる登録外メンバーによる記録会は登録メンバーに勢いを与える意味があり「0区」と呼ばれる。一方、箱根駅伝直後、出番がなかった選手が自身のために走るレースが「11区」だ。

 例年1月上旬の日曜日に東京ニューイヤーハーフマラソンが荒川河川敷コースで開催される。箱根駅伝を目指す学生ランナーは1月2、3日のために1年を過ごす。残念ながら出番がなかった選手は約1週間遅れで1年間の成果を試すレースに挑む。今年は箱根駅伝で圧倒的な強さを見せた王者・青学大が11番手以降の選手も存在感を発揮した。

 今年の11区は時折、10メートル以上の強風が吹く厳しい気象条件となった。二重三重の人垣が沿道を埋める箱根路とは全く異なり、荒川河川敷コースに観衆の姿は、ほとんどない。

しかし、折り返し地点を回った後半、すれ違いざまに応援してくれる市民ランナーの存在が大きな力になる。

 レースは序盤、今回の箱根出場を逃した法大勢が積極的に引っ張った。5キロ過ぎから青学大の中村海斗(3年)が先頭に立ち、約15キロで黒田然がペースアップ。唯一、榲山が食らいつき、マッチレースに。残り約500メートルで榲山が逆転して1時間2分59秒で優勝。箱根11区の区間賞を獲得した。

 榲山は昨年11月の全日本大学駅伝ではルーキーながら1区に抜てきされた。区間12位だったが、首位と8秒差と踏ん張り、原晋監督(58)に「及第点」と評価された。しかし、その後、調子が上がらず、16人の登録メンバーから外れた。「1週間くらいは落ち込みました」と語る。それでも、懸命に気持ちを切り替え、昨年12月26日に行われた登録メンバー外の選手による学内記録会1万メートル「箱根0区」で強風が吹く中、29分36秒2でトップを取った。0区と11区の両方で区間賞を獲得した榲山は「来年の第103回箱根駅伝は必ず走ります」と力強く話した。

そのための次のステップとして香川丸亀国際ハーフマラソン併催日本学生ハーフマラソン(2月1日)に出場する。「1時間1分30秒で走りたい」と榲山は青学大歴代3位に相当する高い目標を掲げた。

 榲山から6秒遅れの2位には黒田然が続いた。「いつものパターンで榲山に負けましたけど、15キロからレースを引っ張って、しっかり走れました」と納得の表情で話した。兄の朝日は5区で1時間7分16秒の驚異的な区間新記録をマークし「シン山の神」&「4代目・山の神」を襲名した。レース当日、然は5区15・8キロ地点の給水ポイントで兄にボトルを渡しながら約50メートルだけ箱根路を走った。「今年の箱根駅伝を選手として走るつもりでしたが、走れませんでした。来年こそ走ります」と言葉に力を込めて話した。

 上位10人中8人が青学大勢。原監督は「青学大の底力を証明できたと思います」と胸を張った。その上、上位選手を高く評価した。「一番の目標としていた箱根駅伝を走れなかった直後という難しい状況の中でも頑張れる選手は必ず強くなるし、信頼できる。

特に積極的にレースを引っ張った選手は駅伝で期待できます」と語る。

 実際、青学大では「11区で力走した選手は翌年の箱根駅伝で活躍する」という伝統が根付いている。

 昨年は平松享祐(3年)が自己ベスト記録(当時)をマークしてチーム2位。今回、4区3位と好走して優勝に貢献した。3年前は当時ルーキーだった塩出翔太(現4年)が同じく自己ベスト(当時)で学生トップを取った。翌年から3年連続で8区区間賞で3連覇の立役者となった。

 古くは初優勝した15年箱根駅伝直後の栃木・高根沢ハーフマラソンで、当時、1年生だった下田裕太(現コーチ、29)が優勝し、翌年から3年連続で8区区間賞と優勝メンバーとして輝いた。

 箱根路から荒川河川敷へ。そして、また、箱根路へ。その道は、続いている。(竹内 達朗)

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