ダイワメジャーの競走馬としての価値は、何だったのか。G15勝の実績は、もちろん素晴らしい。

ただ、個人的には、2500メートルの有馬記念に2度挑み、距離の壁を乗り越えて連続で3着に好走したことだと思っている。当時、デスクとして競馬に携わっていた私は、そのグランプリでいずれも本命を打っていた。

 ともに、横綱相撲で11月のマイルCSを制して臨んだレース。距離のカテゴリーにこだわる選択もあったはずだが、果敢にグランプリに挑戦した。「マイルであれだけ強い馬が、2500メートルでどのような走りを見せるのか」―。ファンの好奇心をかきたてた“功績”も大きかった。

 そんなダイワメジャーに対し、一度だけ疑念の目を向けたことがあった。2007年のマイルCS。中間の調整で順調さを欠いたことが気になり、実力は断トツと認識しながら、予想は「▲」にとどめた。引退レースとなった有馬記念当日、紙面のコラムで次のように記した。「常識を超えた『大きな存在』に懸念など無用だった。印を▲に落とした私は『小さな人間』だった」。

自らを恥じ、おわびの思いも込めた「◎」だった。

 その能力は、あのランフランコ・デットーリ騎手も認めていた。06年の有馬記念を前に、当時、調教師だった小島太さん(スポーツ報知評論家)とのビッグ対談を企画。世界の名手は「乗りたい馬」としてダイワメジャーの名前を挙げた。コートマスターピースという英国馬に騎乗して、マイルCSで実際に対戦。その強さを目の当たりにし「『驚いた』というのが正直な感想だった。手術でのど鳴りを克服したと聞いて、2度ビックリした」とコメントした。

 世界一のジョッキーからの“指名”は、自分にとってもうれしい出来事だった。「デットーリの言うと~り メジャー怖い」。大きな凸版が躍ったレース前日の本紙1面は、今も大切に本棚にしまってある。(95年~13年競馬担当、浜木 俊介)

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