女優・藤山直美(67)は芸能活動を本格的に始めて37年目に入った。「昭和の喜劇王」とうたわれた藤山寛美さん(90年没、享年60)を父に持ち、上方喜劇の舞台を中心に歩んできた。

親譲りの天才役者で陽性の人と思われがちだが、素顔は多くが抱くイメージと少し違う。9年前にはがんを克服。称賛や名誉を遠ざけるようにして不動の地位を築いてきた。2月には東京・新橋演舞場で舞台「お光とお紺」が控える。“孤高の一瞬”が連なる中で生きてきた藤山にとって、「人生の幸せ」とは何なのか、聞いてみた。(内野 小百美)

 藤山の取材では、忘れられないほろ苦い思い出がある。四半世紀前。映画「顔」(阪本順治監督)で第25回報知映画賞の主演女優賞を受賞した。ところが、受賞決定時も表彰式のときも、インタビューは「勘弁してほしい」と、させてもらうことはかなわなかった。参った。しかも、表彰式出欠の明確な返事を得られぬまま、式当日を迎えた。正直、記者として生きた心地がしなかった。

25年の年月がたち、あのときのことをぶつけてみた。いつか聞かなければ、と思い続けてきた。

 「もともと生まれつきというか感覚的にというか、賞もらってうれしいな、みたいなものが私には全くないんですね。舞台の人間ですから、映画の世界は島が違うというのもありますよね。そういうお仕事を自分がさせてもらった事実はあっても、終われば過ぎたことですし。今日のこれからのことを考えたい。評価より、ご覧になった方が『おもしろい』と思ってくださったのなら、もうそれで十分、全てじゃないでしょうか」

 表彰式の開始15分前。藤山は控室など一切使うことなく、まさに身ひとつで会場フロアに姿を見せた。しかし表情は硬い。壇上でのあいさつの声は震えていた。舞台上で見せるいつもの姿からは考えられない光景だった。いまなら藤山の気持ちが理解できる。

賞は時として、人を苦しめるということだ。そして賞は誰もが喜ぶもの、という考えはごう慢であることに気づかされた。打ちのめされた経験として消えることはない。

 58歳時に初期の乳がんを患った。絶えず数年先まで主演舞台が入り、30年近く休みをほとんど取らず、舞台に出続けていた。皮肉にも闘病が初めての長期休暇だった。がんを告げられたときを振り返る。

 「『どうしよう』でなく、がんになって当然やと思いました。ずっと無理して生きてきたんでしょうね。食事もほとんど外食で、仕事が明け方まで続くときもある。世間から見れば不健康な生活ですよ。でも初期に見つかってよかった。

いまもこうやって元気に舞台に出られるんですから」。病から得たものもある。「体のエンジンが変わったというかね。ターボから普通エンジンに。自分の体をいたわりながらやってもいいんや、とも考えられるようになりました。芝居自体も変化しているんじゃないでしょうか」

 松竹新喜劇を担い、命を削るようにして舞台と向き合った父・寛美さんは60歳で逝った。若過ぎる。藤山は67歳になった。「父親より長生きしていることは、親孝行のひとつかもしれませんね」と話してきた。もしも、寛美さんといま話せるなら、どんな話をしたいか尋ねてみた。

 「父は元気な姿で突然いなくなったような印象を与えて終わりましたよね。67歳になってこれから年を重ねていく中で、自分は喜劇の世界でどう進んでいったらいいのかな…。

話せるなら、そんなことを聞いてみたいですね」。そう言って視線を遠くに移した。

 藤山にはさらに、常識ではちょっと理解できないことが2つある。これほどの実績がありながら、コマーシャルに一度も出たことがないのだ。オファーを断り続けてきた。こんな俳優が他にいるだろうか。「父も出ませんでした。舞台をいろんな会社の団体さんが見に来られるのに、特定の企業のCMに出るのは失礼じゃないか、と。私も父のこの考えは間違ってないな、と思うからです」

 2つ目が長い年月、女優人生を送っているが、舞台作品の映像は一切残っていないことだ。かたくなに残さない。2月に開幕する舞台だけでも収録願いたいと聞いてみたが、「それはないです」と一蹴(いっしゅう)された。現実問題、演劇史の研究にとって史料映像がないのは困った事態だ。

しかし、ここにも理由がある。「藤山寛美の映像は残すべきやと思います。でも私は違う。自分がいなくなって100年くらいたったとき『大阪にこんな喜劇役者がいたらしいぞ、女の人でな』とか言ってもらえたら。これ、面白いでしょ」

 自らのSNS発信にも関心がない。「LINE送るだけでも大変ですもん。『おつり970円です~』って全然違う人に送ったことありましたよ。私は(ネットでの発信は)することなく終わります。チケット買うて見に来てくださるお客さんに、この姿を見てもらう。それだけでいいと思っています」

 名誉も称賛も欲しない。時代の流れにも関心がない。藤山にとっての「幸せ」とは何だろうか。

「私は『はかなさ』が好きなんです。役者って、はかないものでしょ。今日の舞台でも、その日が終われば消えてなくなってしまう。それがいいんです。明日同じことができるかっていうたら、絶対に同じことはできませんからね。お客さんに楽しんでもらえたら、それで十分。他に何も要りません。そのはかなさがよろしいやん」。究極の「はかなさ」を求めて。“孤高の一瞬”を生き続ける。

 ◆来月、寺島しのぶと12年ぶり共演

 藤山は、寺島しのぶ(53)と東京・新橋演舞場で上演される「お光とお紺~伊勢音頭 恋の絵双紙~」(2月5~24日、浅香哲哉演出)に出演する。

 誕生日が同じ(12月28日)の2人。演技派どうしの約12年ぶりの共演に藤山は「決まったときはめっちゃうれしい、と思った。しのぶちゃんは14歳差あるけれど、頭良くてしっかりされている。幼なじみの役でも年齢差は関係ないでしょう」と信頼を寄せる。寺島は「直美さんの人を笑わせた後に漂わせる独特の孤独感が好き。共演できるなら、内容はどうでもいい、くらいの気持ち。食らいついていきます」。

 歌舞伎の演目で知られる「伊勢音頭恋寝刃(いせおんどこいのねたば)」に題を取った今作は、三重・伊勢の遊郭が舞台。和歌山から遊郭に売られてきた貧しい2人の娘の物語。対照的な性格の幼なじみ2人の友情や恋愛を描く人情喜劇になるという。

 ◆藤山 直美(ふじやま・なおみ)1958年12月28日、大阪府生まれ。67歳。5人姉妹の三女。子役の経験はあったが、父・寛美さんの死去で90年以降、女優活動を本格化。舞台を軸にする一方で、2000年「顔」では報知映画賞など主演女優賞を多数受賞。06年NHK連続テレビ小説「芋たこなんきん」主演。13年「ええから加減」で菊田一夫演劇大賞。16年「団地」で上海国際映画祭で最優秀女優賞。20年紫綬褒章。6月に東京・明治座「おだまり、お辰!」(横山一真作、竹園元演出)にも出演する。

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