大洋(現DeNA)と西武で活躍した今久留主成幸(いまくるす・なりゆき)さんが1月29日に川崎市内の病院で亡くなっていたことが分かった。58歳だった。

元担当記者が当時を振り返り悼んだ。

 自分と同年代の友人の訃報を聞くと、正直、こたえる。野球記者時代、随分と仲良くしていた今久留主成幸さんが亡くなった。まだ58歳。彼の人懐っこい笑顔を思い出すと、悲しみが募って仕方がない。

 今久留主さんと初めて会ったのは、私が大洋(現DeNA)の担当記者の時。入団2年目の若手捕手で、先輩から「ブル」の愛称でかわいがられていた。ただ、深い付き合いをするようになったのは、後年、私が巨人担当となり、桑田真澄投手の番記者になってからだった。

 当時、桑田投手はオーストラリアのケアンズで自主トレを行っていたが、そのパートナーにPL学園時代の女房役だった今久留主さんを指名。私も同行させてもらう機会があったのだが、このケアンズで一緒に食事をしたり、飲んだりして、彼との距離がいっそう近くなった気がする。

 ある日、「名取さん、ティーを上げてくれますか?」と声をかけられたので、片膝をついてボールを放った。野球記者ではあるが、競技経験はない。

上げたボールがあちこちに散らばり、しまいには「名取さん…これじゃあ打撃を崩しちゃうから、もう結構です」と、ダメを出されてしまった。「すまん、ブル。役立たずだ」と頭をかくと、あの笑顔を返してくれたことを思い出す。

 その後、私はアマ野球担当に転じたのだが、ちょうど彼が現役を引退し、古巣・横浜のスカウトとなった時期と重なった。高校、大学野球の試合会場で何度も顔を合わせたが、ある年の夏の地方大会の時、報知の新人記者の拙い取材にも丁寧に応じてくれた-と聞き、すぐに携帯で礼を伝えると、彼はこう話してくれた。

 「僕らは野球のプロではありますが、質問がいかに的を射ていないものだったとしても、それを正しつつ、答えてあげようと思うんです。そうすることで、新人さんたちは、次の機会では『今日はどんなことを聞けばよいのだろう』って考えて話を聞きに来る…少しでも成長のお手伝いができれば、と思うんですよ」

 今久留主さんのおかげで、成長した野球記者はたくさんいたのではないか、と思っている。

 こうして、遠き日の出来事を思い返しつつ、彼の冥福を祈りたい。(名取 広紀)

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