日本テレビは16日、後楽園ホールで「有田哲平の日テレプロレス噺2」を開催した。

 このイベントは、日テレプロレスアーカイ部として往年の名勝負をイベントやYouTubeで展開する日テレスポーツと大人気YouTubeチャンネル『有田哲平のプロレス噺【オマエ有田だろ!!】』の強力タッグ第2弾。

会場では、日本テレビに眠るプロレスの膨大な名勝負の中から有田が全力で厳選した秘蔵映像を上映。YouTubeで共演するタッグパートナーの福田充徳と語り合った。

 昨年9月30日の第1弾では「天龍源一郎 VS ジャンボ鶴田」(1989年6月5日・日本武道館)。「天龍 VS ランディ・サベージ」(90年4月13日・東京ドーム)。「スタン・ハンセン、テリー・ゴディ組 VS ブルーザー・ブロディ、ジミー・スヌーカ組」(87年11月22日)。「三沢光晴、小橋健太 VS 川田利明、田上明」(95年6月9日・日本武道館)の4試合を上映した。

 今回、有田は「前回は置きにいきました。今回は攻めます」と予告。そして、最初に上映した試合は、87年6月9日、日本武道館で行われた「ジャイアント馬場 VS ラジャ・ライオン」の異種格闘技戦だった。馬場さんがギブアップで勝利した一戦にホールは大拍手と同時に大爆笑がわき起こった。上映後、リング上で有田が「何ですかこれは」とつぶやくと、ホールはさらに爆笑に包まれた。

 続いては、85年3月9日、両国国技館での「長州力、谷津嘉章 VS ブルーザー・ブロディ、キラー・ブルックス」を上映した。

上映前に有田は、スタッフをリングに上げ、長州のサソリ固めを実践するとホールは「長州コール」が奏でられた。試合は、長州がブルックスをフォールしたが、ブロディがまったく技を受けない。異様な展開にホールは41年前の興奮がよみがえった。上映後に有田は、この一戦を「全日本プロレスにも存在する不穏試合のひとつ」と表現していた。

 3試合目は、82年11月4日、後楽園ホールでの「大仁田厚 VS チャボ・ゲレロ」のNWA認定インターナショナルジュニアヘビー級王座決定第3戦だった。大仁田が勝利したが、試合後にチャボがトロフィーで大仁田をメッタ打ちにし左腕、額からおびただしい流血を余儀なくされた。血を流しながら、控室に運ばれながら恍惚(こうこつ)の表情を浮かべた大仁田に有田は「これがみなさんがよ~くご存じの大仁田厚が誕生した日」と後にデスマッチでカリスマになった大仁田の原点になった一戦であるとの考察を披露した。さらに大仁田が一度目の引退に追い込まれることになった83年4月20日、東京体育館でのヘクター・ゲレロ戦の試合後にヒザを負傷したシーンも上映した。

 最後は、プロレスリング・ノア2005年7月18日、東京ドームでの「小橋建太 VS 佐々木健介」を上映した。「213発」のチョップ合戦など今も語り継がれる伝説の名勝負にホールは、大きな拍手と喚声、どよめきが連続した。小橋が勝利した激闘に有田は「すごいですね。すごいものを見てしまった」と驚嘆。

プロレスのすごさがぎっしり詰まった一戦に「涙出てしまった」と感動を表し「これがプロレスです」と絶賛していた。

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