村瀬心椛(ここも、21)=TOKIOインカラミ=が、ミラノ・コルティナ五輪のスノーボード・ビッグエア(BA)で日本女子初の金メダル、スロープスタイル(SS)で銅メダルを獲得した。

 村瀬は、高回転時代の先駆者としてけん引してきた。

小学6年時に出た大会でバックサイド(BS)の1080(背中方向に横3回転)の大技に成功すると、世界からの注目を高めたのが、13歳の時の18年冬季Xゲームだ。BA決勝で難しいとされるBSのダブルコーク1260(背中方向から斜め軸に縦2回転、横3回転半)を世界で初成功。初出場した22年北京五輪での銅メダルは、冬季五輪の日本女子最年少17歳での表彰台。男女を通じて日本勢初の五輪メダルをつかんだ。そして、今回のミラノ五輪でも、日本女子初の金メダルを獲得した。 

 その村瀬が22日までに現地でスポーツ報知の取材に応じ、2つのメダルを手にした今大会を熱く振り返った。レスリング女子で「霊長類最強女子」の異名を持つ吉田沙保里さん(43)に憧れ、4年後の五輪連覇へ向けた強い覚悟を示した。

 ―18日の女子SS決勝で2・03点届かず銅メダル。2冠の夢は果たせず、村瀬は眠れぬ夜を過ごした。

 「(決勝の)動画を見返したのは1回だけ。耐えられなかった。完璧だったら、金だったかもしれないし(ミスした)自分のせいだなって。

夜に自分を追い込んで。今回のジャッジは難しかったです。こんなはずではなかったと。メダルを2つ獲れても悔しかった」

 ―前回北京五輪BAの銅メダルを成長の糧にしてきた。今回の銅もきっと意味がある。

 「五輪では守って中途半端に終わるより、出し切ろうと思っていた。BAの最初からゾーンに入っていた感覚。全力を出し切れたので、銅メダルだと思うには時間がかかるかもしれない。でも、逆に銅で良かったなとも思っていて。この4年で絶対やってやろうって気持ちが強くなりました」

 ―銅メダル翌日から既に30年五輪に向けての練習モードに。

 「優勝した(深田)茉莉がいるから強い刺激をもらえた。夏もめちゃくちゃ練習しなきゃいけない」

 ―勝利とともに求める「格好良さ」の原点は。

 「小学生の時は運動が大好き。ドッジボールはよくやって、一輪車は後ろ向きでこいだ。スノーボードも感覚的にやっちゃう。昔から考えてやるより、体で覚えて、感覚でやっちゃう」

 ―格好良さの理想は。

 「…猿みたいになりたくて。猿ってアップしなくてもすぐに動けて、ありのままじゃないですか? 自分のありのままの滑りをすれば、勝手に格好いい滑りになると思って。だから格好いい滑りとはスタイルを出すことだと言っています」

 ―将来的にスノーボード界で、どんな存在になりたいか。憧れは。

 「“スノーボードと言えば村瀬心椛”と言ってもらえる存在になりたい。レスリングの吉田沙保里さんみたいなマジで王者。吉田さんのスノーボード界バージョンというか…霊長類最強になりたいです。一般の方には、そう思ってもらえたらうれしいなと思います」

 ―吉田さんに会ったことは。

 「いや、ないです。まだそんなレベルじゃないんで。めっちゃ格好いいです」

 ―高回転技へのこだわり。

 「小学6年の時にバック1260(3回転半)を決めた時から、絶対に今後も最初にやってやろうという気持ちが強くあって。人って勘違いする生き物で、一人ができれば、皆が私もできるかもと思う。だから最初の一人が一番怖いんです。でも、高回転では、今後も私はその最初になりたい」

 ―高回転時代を引っ張ってきたが、今後の見通しは。

 「やはり高回転が最終的には点が一番上がると思います。ただ、高回転をやりながら、低回転で変わった軸もやったら、マジで強いライダーになれると思って。今後はどっちも必要だと思っています」

 ―4年後の30年五輪へ。

 「目標は次こそ金、金です。絶対に」

 21歳ながら既にその道の第一人者。

今大会で流した歓喜の涙も、悔し涙も「最強」の2文字への糧に変えてみせる。(宮下 京香)

 ◇吉田さんの「霊長類最強女子」伝説 五輪は4大会に出場し、2004年アテネ、08年北京、12年ロンドンで五輪3連覇。16年リオデジャネイロは銀。世界選手権は20歳だった02年大会で初優勝し、15年まで13連覇。12年に五輪、世界選手権を合わせ、史上初の13大会連続「世界一」でギネス世界記録に認定され、国民栄誉賞を受賞。01~08年に公式戦で119連勝をマークし、強すぎて「霊長類最強女子」との異名がついた。

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