今季からシカゴ・ホワイトソックスでプレーする村上宗隆内野手の通訳を務める八木賢造さん(32)は、野球とは縁のない異業種からの転職組だ。つい数カ月前まで、eコマースやモバイル事業の立ち上げなどに携わる会社員だった。
米アリゾナ州グレンデールのキャンプ地。広大な敷地内では、打撃、守備などの練習ごとに場所を変えるため、選手もスタッフもみなが忙しく動き回る。すれ違う選手たちやコーチ陣の声が響いた。「ムネ!」「ムーニー!」と村上が声を掛けられると、決まって「ケン!」「ケンゾー!」が続く。合流してまだ数週間だが、村上同様に八木通訳もチームに受け入れられている。
「毎日が目まぐるしいと言いますか、始まったばかりなのでエキサイティングな部分も不安な部分もありますけれども、できる限り努力して、村上選手が最大限の力が発揮できるように一緒に頑張っていきたいです」
コミュニケーションも円滑で、チームにも溶け込んでいる。その裏にあったのは、幼少期の米国滞在歴だった。
京都出身の八木さんは、父親の仕事の都合で5歳から12歳までアリゾナで7年間暮らした。英語でのコミュニケーションスキルはこの時の習得が大きいが、それに加えて育んだのがアメリカンスポーツへの愛。自身はテニス一筋だったが、大リーグ(MLB)やフットボール(NFL)などに熱狂した。
帰国して立命館宇治高、立命館大と進学した後、楽天株式会社(現楽天グループ会社)に入社。
昨年9月にドイツから帰国後、まもなくして知人から村上選手の通訳の仕事の誘いが舞い込んだ。「いつか…」と思っていた夢に向かい、新たな挑戦を選択した。11月の後半から村上の代理人事務所と複数回の面接を重ね、村上とも面接した上で採用が決定。年が明けた2月にアリゾナへ向けて渡米した。
毎日一緒にいる村上からは「刺激をたくさん受けています」という。「本当に真っ直ぐで、これほど思いが強く、芯が強い人を見たことがない」と6歳年下のメジャーリーガーには尊敬の念を持つ。だからこそ、思うことがある。「毎日が学ぶことだらけです。世界最高レベルの選手の取り組み方を間近で見ることができるのはとても刺激的ですが、人の言葉を正確に別の言語で伝えることは難しい」。
流ちょうな英語を話せること=選手の通訳として合格、というわけではないと感じている。
異業種への突然の転職に、周囲からは驚かれた。それでも、自分の選んだ道に迷いはない。「プレッシャーも感じますが、やりたいこと、新しいチャレンジはできるんだよ、ということを見せていければと思います」。村上と共に頂点へー。32歳“ルーキー”の戦いも始まった。
(村山 みち)










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