お笑いタレントの森脇健児が7日、京都ラジオの冠番組「森脇健児のサタデースタジアム」(土曜・正午)に出演。ちょうど40年前の1986年に放送されたテレビ朝日系「ビートたけしのスポーツ大将」に一般人として出場し、100メートル走の全国大会で優勝していたことを明かした。

 1985年当時、桃山学院大社会学部1年の陸上競技部員とピン芸人との二足のわらじを履いていた森脇。笑福亭鶴瓶がパーソナリティーを務めていたMBSラジオ「ヤングタウン」土曜日のレギュラーでもあり「僕、足速いんです」などと話していたところ、鶴瓶から「お前、そんな足速いんやったら、たけし兄さんの『スポーツ大将』出え」と命じられ、一般参加者として、はがきで出場を申し込んだ。

 すると、同年秋に実施された番組の関西予選へ招待されたが、惜しくも2位で敗退した。「カール君と一緒に走られへんわけや…」と当時の大人気企画だった、五輪で9個の金メダルを獲得した米陸上競技選手のカール・ルイスを模した人形との“対決”の夢を絶たれ、ショックを受けた。

 その後は陸上競技部員として真面目に冬季練習に打ち込んでいたという。しかし、年明けにテレビ朝日のスタッフから望外の電話がかかってきた。いわく、全国大会には8人が出場できるが、森脇は他地区も含めた予選出場者全体のタイムが9番目だった。ところが8番目だった人物が仕事の都合で収録に参加できない。「『どうします?』って言われたんですよ。『はい、出ます』と」と、二つ返事でオファーを快諾した。

 「忘れもしない、東京・江戸川陸上競技場。1986年の3月末」。

全国の先鋭8人が号砲からスタート。直後に「誰かがフライングしたよ!」と抗議の声が上がり、声の主は競技を中止したが、森脇は構わずゴールまで走り抜けた。だが、結果は関西予選で1位通過したランナーに再び敗れる2位。やはり「カール君」の夢はついえたかと思われた。

 しかし、スタッフがVTRを確認したところ、やはりフライングは起きていた様子。このままでは番組が成り立たない。ほどなくスタッフから「今の1本はナシです」のアナウンスがあった。全力を出し切った直後の“もう1本”。これを森脇はチャンスと捉えた。

 「僕、冬季練習してるやん。めちゃめちゃ練習して走り込んでるやん。僕に流れ、風が吹いてるんじゃないか」

 再びの号砲。

森脇はゾーンに突入していたという。

 「もう自分のコースのゴールしか見えなくて。腕振って、あご引いて、必死に走りましたよ。ゴールしてひっくり返っても、誰が勝ったか分からんくらい。そしたら、カメラマンが来る。スタッフがやってくる。照明さんがやってくる。『おめでとうございます。勝ちましたよ』と」

 まさかの優勝。テレビ朝日のスタジオ収録にも招かれ、前説も買って出るなどして、ビートたけしの知遇も得たという。

 オンエアは1986年の5月だった。

 「放送される時、僕『ヤングタウン』をクビになってたんですよ。

だから鶴瓶さんやリスナーには報告できてない。でも芸能の神さんはいまして。KBS京都、森脇健児の『ハイヤングKYOTO』日曜日が4月から始まって。全く無名の森脇健児ですよ。土曜日が島田紳助さん、火曜日が桂文珍さん、水曜日つボイノリオさん…。そうそうたるメンバーの中で、大学2年生の森脇健児。『誰やねん、お前』みたいな中『スポーツ大将』が放送されたのが5月ですよ。それをきっかけに『ハイヤングKYOTO』のリスナーが一気にざわついて…。あれから40年。いまだに、ここ(京都ラジオ)でしゃべってるというね」

 「スポーツ大将」で優勝した際のトロフィーは、今も自宅に飾っているという。ちなみに優勝者へのご褒美、カール君との対決はどうなったのか。

 「カール君は9秒38。

僕は11秒78」

 ウサイン・ボルト(ジャマイカ)が2009年にたたき出した人類最速9秒58をもしのぐ記録で、簡単にブチ抜かれたとのことだ。

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