馬トク報知で過去の名勝負を当時の記事から振り返る【競走伝】。今回はサイレンススズカが勝った1998年の金鯱賞を取り上げる。

“伝説のレース”とも言われる衝撃の馬なり大差勝ち。武豊騎手も驚くほど次元の違う勝ちっぷりだった。

 強い。速い。数多くの名馬を知る武豊から最上級とも言える賛辞が飛び出した。「きょうの競馬なら、日本中からどの馬がきても負けなかった」。

 前半から折り合いがピタリとつき、涼しそうに後続を離して逃げる。向こう正面では10馬身近い差。この時点で、もう決着はついていた。しかし、直線で武豊が軽く手綱を動かすと、栗毛の馬体は再び弾むように加速した。後続の蹄音が全く聞こえないほど、1頭だけ別世界にいた1分57秒8。掲示板には赤い文字で「レコード」と刻まれた。

 前年2月に7馬身差の圧勝劇を演じたデビュー戦から、高い資質が注目を集めていたサンデーサイレンス産駒。幼さから結果を出せない時期もあったが、眠れる素質が目ざめたのは同年暮れの香港遠征で武豊と出会ってからだった。身上のスピードを最大限に生かす大逃げが代名詞となり、1998年は金鯱賞まで3連勝。破竹の快進撃を続けていた。

 “運命の人”武豊は「決して馬場はよくなかった。このレコードは価値がある」と内容を高く評価した。「馬がすごく充実している」と楽勝劇に顔がほころばせたのは橋田調教師。1984年のグレード制導入から今まで、平地重賞で大差勝ちは4例しかない。しかも、2着に1秒8もの差をつけたのはメジロブライトが勝った1997年のステイヤーズSと並ぶ史上最大タイの着差。希代の快速馬の強さを存分に見せつける快勝だった。

 続く宝塚記念では主戦の武豊にエアグルーヴの先約が入っていたため、南井騎手との初コンビとなったが、1番人気に応えるように堂々たる逃げ切り。ついに悲願のG1タイトルをつかむことになる。

 同年秋の天皇賞・秋で非業の最期を遂げたが、G1は1勝ながらも2000年に実施された「20世紀の名馬100」では4位にランクインされたほど、強烈なインパクトを残した競走生活。その中心には伝説のレースと言われる金鯱賞が光り輝いている。

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