落語家・林家三平が9日、東京・上野の現龍院墓苑前で、東京大空襲の犠牲者への鎮魂を祈る「時忘れじの集い」に出席し、平和への願いを訴えた。

 「時忘れじの集い」は1945年の東京大空襲で両親を含む家族6人を亡くし、戦争孤児として育ち、昨年12月に亡くなった母でエッセイスト・海老名香葉子さん(享年92)がライフワークとしていたもの。

青空の下、同会を開催できたことについて三平は「今日は温かくて良かった。いつもは寒かったので。皆さまが来やすい状況を母が作ってくれた」と天国の母へ思いを寄せた。

 この日は岡山県で落語会があるため、開催時刻前に同所を訪問した。大空襲のあった前日となる3月9日は、毎年同会が開催される日。生前の海老名さんに「どうしようか。(落語会を)断ろうか?」と相談したが、「仕事を選びなさい」と後押しされたという。乗車する新幹線の出発時刻の関係で滞在時間は20分ほどだったが、慰霊碑に向かって手を合わせた。「この日を迎えられて良かった。母の思いをともし続けていきたい。子どもたちに思いがつながるように、(同会を)続けていきたいです」と背筋を伸ばした。

 生前、海老名さんは東京大空襲の日の空について「赤くなかった。

蛍光灯のように真っ白だった」と語っていたことを明かした三平。8日には東京都江東区の中村中学・高校で戦争をテーマにした「国策落語」を披露し、戦争の悲惨さを訴えた。イラン情勢の緊迫化など、不安は尽きないが、「これまでの平和を“伝える”から平和を“考える”にフェーズに変わってきたと思っています。僕自身、国策落語を通して、若い人たちと考えたいと思っています。戦争を体験した90代の方々の思いと学生など若い人たちの気持ちをつなぐ接着剤になっていきたい」と決意を新たにした。

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