東日本大震災から11日で15年を迎えた。福島第1原発事故で閉業した老舗「松本屋旅館」が、9月にも営業を再開することになった。

4代目主人の今野秀則さん(78)が建物の公費解体を見送り、その後リフォーム。再開後は宿泊やランチを始める予定だ。福島県浪江町津島地区は震災直後に全域が帰還困難地域に指定され、一部解除後も全体の面積の1・6%しか立ち入ることができない。現在の居住人口も1400人から19人へと激減した地域で旅館を再生させる理由とは。(樋口 智城)

 福島県浪江町西部の山間部、日テレ系「ザ!鉄腕!DASH!!」の「DASH村」があったことでも知られる津島地区。山を縫う国道を自動車で走ると、脇道に分岐する道のほとんどに「この先帰還困難地域につき通行止め」の看板が立てられていた。主要街道沿い以外のほとんどは、立ち入りすら許されていない地域。深い森、取り壊された住居の跡の更地、黒い土のうに包まれた除染土置き場などを抜けると、いかにも重厚感ある「松本屋旅館」に到着した。出迎えてくれたのは4代目主人の今野さん。今年9月の開業を目指す旅館について「いろいろな交流のきっかけになるような、人が集まる場所にしたいんですよ」と期待を込めた。

 松本屋旅館は明治末期から築130年を誇る2階建ての老舗。開業当時は福島市の県庁と海岸地域を結ぶ街道沿いにあり、往来する人々でにぎわった。

最盛期の1960年代には年間3000人が宿泊したという。だが11年の震災と原発事故で一変。津島地区では450世帯1400人が暮らしていたが、全域が帰還困難区域となった。松本屋旅館は閉業、今野さんは郡山市近郊の大玉村に移り住んだ。

 震災から12年たった23年3月、ようやく旅館周辺の避難指示が解除された。一方で、自宅などを公費で解体できる期限は、その1年後と法律で定められていた。残された旅館を解体するべきか保存するべきか。今野さんは「正直悩みました。家を残しても周囲に何もないから住めない」。それでも脳裏に浮かんだのは4代つないだ旅館の伝統と、子どもの頃から生活してきた思い出。「最後は壊せない気持ちが勝った」と振り返る。

 当時は残すことだけが目的だった。

「私も80歳近いですし。旅館再生とかは考えていなかった」。そこで声をかけられたのは24年から敷地内の蔵を放射線の研究室として利用していた独協医大の木村真三准教授(58)。「私一人で使うだけでなく、旅館で津島を活性化したい」との説得に今野さんが折れ、共同経営という形での復活が決定した。

 津島地区は、総面積の1・6%しか避難指示が解除されていない。居住者も今は12世帯19人のみ。人が少なくなった地域で、旅館を復活させる意義はあるのだろうか。

 木村さんは「旅館はランドマーク。ようやく復興がここまで進められたという証しなんです」と説明する。「宿泊では採算は取れないかもしれない。でも住民だった人やこの地域に興味を持った人、さまざまな人の交流の場にすることに意義がある」。今は開業に当たって人手不足。

仲居さんなどのスタッフを少なくとも1人、募集中なのだという。

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