今年1月の第102回箱根駅伝で、12位だった東海大の両角速監督(59)が今月末で退任し、総監督となることが22日、分かった。西出仁明(にしで・のりあき)ヘッドコーチ(51)が監督に昇格する。

長野・佐久長聖高の監督・教員だった両角監督は2011年に母校の東海大監督に就任。19年の箱根駅伝では悲願の初優勝に導いた。長野・佐久長聖高の監督時代は08年全国高校駅伝で優勝し、マラソン日本記録保持者の大迫傑(34)=リーニン=らを育成した。今後は総監督として東海大を支える。

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  高校と大学の“2階級制覇”に成功した、唯一の指導者の両角監督が現場の第一線から離れることになった。

 両角監督は1995年に佐久長聖高の監督・教員として着任。自らブルドーザーを操り、クロスカントリーコースを造設するなど情熱と理論を組み合わせた指導で佐久長聖高をゼロから強化し、08年の全国高校駅伝で初優勝に導いた。教え子には、マラソン日本記録(2時間4分55秒)を持つ大迫をはじめ、12年ロンドン五輪1万メートル代表の佐藤悠基(39)=SGホールディングス=、40歳の今も現役ランナーとして奮闘する上野裕一郎(ひらまつ病院)らがいる。

 その手腕が評価され、11年に東海大監督に就任。17年の出雲駅伝、19年の箱根駅伝、同年の全日本大学駅伝と3大駅伝をすべて制した。高校と大学でチームを駅伝日本一に導いた監督は両角監督しかいない。

 19年の箱根駅伝で初優勝した後、20年2位、21年5位と上位で戦ったが、22年からシード権を逃し、25年は本戦出場も逃した。

1年で復活出場を果たし、26年は12位。5年連続でシード権(10位以内)を逃したが、復活への第一歩を記し、就任15年を区切りに監督を退任することが決まった。

 26年度から科学的な指導で定評がある西出新監督が現場を指揮、両角総監督は高校生の勧誘などが主な役割となる。早速、22日には長野・伊那市で行われた高校伊那駅伝の会場で高校の指導者と積極的に交流を持った。今後、東海大を陰で支え“湘南の暴れん坊”の完全復活に尽力する。

 ◆両角 速(もろずみ・はやし)1966年7月5日、長野・茅野市生まれ。59歳。85年、東海大三(現東海大諏訪)から東海大に進学。箱根駅伝は1年3区9位、2年3区7位、3年1区7位、4年2区9位。89年に卒業し、日産自動車、ダイエーで活躍。95年に長野・佐久長聖高の監督・教員に転身。11年、東海大監督就任。

19年に大学悲願の箱根駅伝初優勝。長男の駿さんは元ランナーで現在は東海大相模監督。次男の優さんは元球児で14年夏の甲子園に佐久長聖の投手として出場。

 ◆西出 仁明(にしで・のりあき)1974年12月29日、福井市生まれ。51歳。美方高時代、全国高校駅伝で1年5区26位、3年6区18位。93年に神戸学院大に入学し、97年に卒業。筑波大体育専門学群科目等履修生を経て、母校の美方高で監督・教員を務める。14年から東海大ヘッドコーチ。大学の准教授を兼務。

 ◆東海大 陸上部は1961年に創部。箱根駅伝は73年に初出場し、2026年まで52回出場。

19年に初優勝。出雲駅伝は優勝4回(05~07、17年)、全日本大学駅伝は優勝2回(03、19年)。練習拠点は神奈川・平塚市。タスキの色は紺と白。主な陸上部OBは関東学生陸上競技連盟の植田恭史会長、男子400メートル元日本記録保持者の高野進氏、08年北京五輪男子400メートルリレー銀メダルの末続慎吾氏、塚原直貴氏ら。

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