馬トク報知で過去の名勝負を当時の記事から振り返る【競走伝】。今回はオレハマッテルゼが勝った2006年の高松宮記念を取り上げる。

名門・音無厩舎のG1初制覇はこの珍名馬。初めての1200メートルでG1勝利という大仕事をやってのけた。

 何度も何度もこぶしを突き上げた。オレハマテッルゼがゴール板を突き抜けた瞬間、全身の血が逆流した。「長かった。勝てたのは何かの縁があるのかもしれません」自身6度目のG1制覇はキングヘイローで制した高松宮記念以来6年ぶり。当時と同じレース、同じ舞台で忘れかけていた美酒の味に柴田善が酔いしれた。

 騎手生活22年(当時)で培った感性が、この21年前にJRA史上に残る激走を演じたオーナーと元騎手の不思議な良縁と結びついた。馬主の小田切有一氏が「1200メートルはどうなのかな」と音無調教師に尋ねた。「ジョッキーに聞いてみますよ」そう答えたトレーナーが騎手時代に唯一勝ったG1が、小田切氏が所有するノアノハコブネで制した85年のオークス。単勝21番人気で制した“ドラマ”は「1200メートルは絶対にいいです」との柴田善の的確なジャッジによって再現された。

 道中はインの4、5番手。

4コーナーに向くとぽっかりと進路があいた。「自分の乗った感覚とデータを照らし合わせて1200メートルは合うと思った」そんなジョッキーの確信は後続を寄せ付けない鋭い末脚で証明された。「長かったです。チャンスがなかったのではなく、チャンスがあったのに勝てなかったのですから。本当にうれしい」騎手時代と同じく、調教師としてのG1初勝利も小田切オーナーの所有馬で飾った音無調教師は声を震わせた。

 04年のリーディングトレーナー。技術は誰もが認める一流でも、厩舎の看板馬リンカーンで惜敗が続くなどG1には手が届かなかった。だが、風穴をあけてくれたのはまたしても小田切オーナーの馬だった。料理人から一念発起して騎手になった異色の経歴。デビューが25歳と遅く、乗り馬にも恵まれなかった。ノアノハコブネとの出合いがなければ今はないという思いが強い。「オーナーにはお世話になってばかり。

ありがたいです」と開業11年目の初Vに感謝の言葉を並べた。

 サンデーサイレンス産駒で、伯母に97年の年度代表馬エアグルーヴを持つ同馬は、続く京王杯スプリングCでも勝利を飾ったが、その後は勝ち星に恵まれず07年に現役を引退。通算38戦9勝の成績を残した。種牡馬としては、初年度産駒のハナズゴールが12年チューリップ賞、13年京都牝馬Sを勝った。

 13年10月30日、重度の腰萎症(脊髄神経が圧迫されて起こる疾病)のため、けい養先である北海道浦河町のイーストスタッドで死んだ。13歳だった。13年春から症状が出ており、この年は数頭にしか種付けをしていなかったという。

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