◆センバツ第4日 ▽1回戦 東北5―1帝京長岡(23日・甲子園

 東北は1987年夏の甲子園2回戦で帝京のエースだった芝草宇宙(現・帝京長岡監督)にノーヒットノーランを喫した。

 その芝草監督が指揮を執る帝京長岡との対戦が決まり、当時、東北のエースとして投げ合った会社員・橋本一成さん(56)が甲子園に観戦に訪れた。

 母校が因縁の相手と対戦する。「芝草じゃなかったら来なかったです」と橋本さん。敗れはしたものの、青春時代の強烈な思い出として残っている。再会は数年前だった。帝京長岡の監督に就任したことを知り野球関係者に連絡を取り、帝京長岡が宮城遠征した際に会った。「どうしてもあの時の話をしたくて」。橋本さんが「あの時どうだったの?」と問いかけた時の芝草監督の返答にずっこけた。「相手どうこうじゃなくて、背中の痛みと戦っていた」。

 「えっ、俺らは関係なく、痛みと戦ってノーノーなのって」。それでもウソをつかない素朴な受け答えに、すっかり打ち解け、親交がが深まった。対戦が決まりいても立ってもいられずに休暇を取り、チケットを購入して仙台から空路・大阪へ入った。「見に行くよ」とLINEをしたら「やじらないでね」と帰ってきたという。

 当時の投げ合いは覚えている。「不思議とあの時間、あの空間って何とも言えない心地、2人だけしかわからない空間だったんです」と芝草監督はノーノーも8四球を与えた。橋本さんは初回に3失点も2回以降はゼロを並べ9安打1四球も8回まで完投した。9回2死で打席が回ってきたが、代打を出された。対戦して「初めて見るボールだった。宮城にはこんなピッチャーがいなかった。キレがすごい。(8四球も)荒れてる分だけ逆に絞れなかった。とにかくキレがすごくて、これが本来のピッチャーの球筋なんだな、かなわないと思いました」。東北から東北福祉大に進みケガで野球をやめたが、当時の衝撃は大きかった。

 スタンドではネット裏、帝京長岡の三塁側よりで観戦した。ベンチ前に立って采配をふるう芝草監督の背中が見えた。

「今までにない特別な景色でウルッと来ました」。東北が勝利した。「複雑な気持ちでした。母校が勝つのはうれしいけれど、芝草監督のことを考えると…。思うようにいかなかったのかなと…」とかつてのライバルを思いやった。

 橋本さんは会社員を務めながら、中学硬式野球・宮城中央ボーイズの監督を務める。今大会は花咲徳栄で教え子の中森来翔外野手がメンバー入りした。「改めて甲子園はいいなと思いました」。不思議な因縁に導かれ、39年ぶりに甲子園で交わった二人。野球を通じ育まれた友情がそこにあった。

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