日本一奪回を目指す立命大・女子ホッケー部の丸山にこ(政策科学部・3年)が、2年ぶりの学生タイトル独占と、女子日本代表チーム「さくらジャパン」で不動のエースの座を狙う。昨年はあと一歩で取れなかった学生日本一の座。

この春から主将を務める丸山のリーダーシップと、持ち前のチームワークの良さで、今年は栄冠を奪い返す。

 凛々(りり)しい表情で、言葉を絞り出すように力強く宣言した。「今年は本当に懸けている。勝ちたいという気持ちは誰よりも強い。ホッケー界を立命館で盛り上げていきたい」と、丸山が黄金時代の復活を約束した。昨年7月、夏の王者を決める第44回全日本大学ホッケー王座決定戦。決勝で山梨学院大に1―3と敗れ、連覇を逃した。雪辱を期して臨んだ11月の第47回全日本学生ホッケー選手権大会(インカレ)でも、決勝で同じ山梨学院大に1―3で屈し、3連覇が霧散した。「悔しかった。(4年生より)自分たちが下の学年なので、言えないことも多かった。今年は学年の関係なく、全員で意見を言い合えるチームにしたい」と、部員全員が本音で話せる組織をつくり上げ、一人ひとりの能力を最大限に引き出し、目標達成に向けて今からチームビルディングしていく覚悟だ。

 「さくらジャパン」に視線を移すと、4月に国際強化試合の「日中韓3カ国大会」(東京・岐阜)が行われ、6月には国際ホッケー連盟主催の「第4回ネーションズカップ」(ニュージーランド)が控え、日本を含めて8か国が参加する。

丸山は、3月にあったワールドカップ予選のメンバーから漏れた。「(原因は)基礎が足りないと思ったので、落とされた翌日から(基礎を)頑張ろうと思って…」。野球の硬球より硬いボールに対して、「止める」、「打つ」を頭と体にしっかりたたき込み、またボールが飛んでくる方向により、スティック(先端部が湾曲した棒状でボールを打つ用具)の角度や面を、より考えてプレーするようになった。「落とされる前よりは成長した実感がある」と、国際大会の選考合宿を前に自信をのぞかせた。

 生まれ育った富山県西部の小矢部市は、「ホッケーを知らない人はいない」といわれるほどのホッケータウン。小学校から体育の授業ではホッケーを室内向けにし、6人でプレーする「ユニホック」が盛んで、地元のマスターズ大会もあるほど。そんな恵まれた環境の下で、兄・彦樹(げんき)さんの練習に誘われ、外部から指導者やトレーナーまで招いて子どもたちを本格的に育成していた東部スポーツ少年団で、小学校から競技を始めた。兄のみならず、祖母・佐知子さん、父・秀彦さん、叔母、いとこらも経験豊富なホッケー一家。父は丸山自身も通った石動(いするぎ)中で指導もしていた。早くから頭角を現し、中学時代は全日本中学生ホッケー選手権大会で3位に入り、2019年にはU16女子日本代表に選出されたが、近い将来、日本代表入りの可能性があった競技は、ホッケーだけではなかった。

 「自分はやりたくなかった」という水泳を、地元のスイミングクラブで始めたのは3歳から。ホッケーを知らない母・由樹さんが応援に駆けつける熱の入れようだった。

小学4年から強化に努める選手育成コースに所属し、中学で自由形は56秒台、バタフライは58秒台を記録。池江璃花子の中学記録(自由形53秒99、バタフライ57秒56)と遜(そん)色がないほどだった。部活、スイミングスクールは月曜が休みのため、週6日は部活が終わる午後7時ごろから約2時間は水の中へ。一日に10キロ泳ぐ毎日が続いた。「水泳は趣味。ホッケーは真剣。でも、水泳もいいところまで行ったのでどうしようかな?」と、迷い出した矢先、中学最後となる全国大会がコロナ禍で中止。日本選手権出場に、もう少しで手が届く所まで来ていたが、これを機に高校からホッケー一本に絞った。

 地元の屈指の強豪校・石動高に進学し、心構えもはっきりと変化した。「負けず嫌いな性格なので、やる限りは全力でやりたいし、オリンピックに出場する目標を立てた。その過程で成長していければいいかな」。U18女子日本代表、U21女子ユース日本代表選出…。

2年の時は全国高校ホッケー選手権大会(インターハイ)で優勝し、海外でも貴重な経験を積んだ。「多くのことを吸収できた。調子が悪くても落ち込むのではなくて、前向きに自分はひたすら練習という考え方。落ち込んでいる暇はない」と、プラス思考を貫き、前を見据え続けたが、副将となった3年になるとインターハイに進めず、国体、全国高校選抜ホッケー大会も準優勝。その悔しさを晴らそうと、高橋由衣主将と一緒に進学したのが立命大だった。

 2015年、「大阪いばらきキャンパス」に新たに完成した立命大のホッケー場(OICフィールド)は専用人工芝が敷かれ、国際規格にも対応。スタンドや夜間照明なども完備しており、兄らもOBだ。「大学時代の兄の試合を見に来たこともあって、立命館のイメージができていたので、だから自分も…。しかも環境がいいから」。しかし、入学した1年のころの手応えは、試合に出場していても「全くなかった」という。「自分で伸びたなあと感じたのは、大学3年の昨年から。完璧なレギュラーにようやくなれたかな」。

海外相手にプレーし、世界のトップの試合を見ると「周りが見えていて、ストロークが強くて速い。シュートもフリーなら絶対に決まる。選手の自信が見ていて分かる」。キャリアを重ねるうちに、自らの立ち位置が明確になった。。「自信がついたのは大きいと思う」と、飛躍を遂げた昨シーズンを振り返った。

 中でも大きな転機となったのは、初のさくらジャパン入りだ。昨年9月、女子アジアカップ(中国・杭州)のメンバーに選出された。開幕戦のシンガポール戦では先制を含む2得点をマーク。POM(プレーヤー・オブ・ザ・マッチ)賞に輝いた。「強い相手にはまだまだだったけど」と打ち明けるが、全試合に出場し、プレーの特徴で武器でもあるサークル内(ゴール前の半円、この中からシュートを打たないと得点と見なされない)での力強くて素早い動きや、トラップで相手をかわし、わずかな隙を見つけて前やスペースに出ていく技術は、アジアの大舞台で存分に見せつけた。

 さくらジャパンのエースに向けて、課題も見つけている。

現在のサイズは161センチ、57キロ。「体脂肪率を減らして筋肉量をもっと増やしたい。同じ57キロでも体質を改善したい」と、ウエートトレを欠かさず、ジムで走り、体幹も鍛える。。「1対1になると足が勝負」と、瞬発力に加え、スピードを磨くFWならではの永遠のテーマにも果敢にチャレンジする。「さくら(ジャパン)へ行って、まだまだ自分に伸びしろがあるなと思った。今まではどう頑張れば伸びるか、分からない部分があったけど、選手のプレーを見たり、首脳陣にマンツーマンで教えてもらったり、一つひとつのプレーを考えて行えば、周りがもっと見えてくる。頭を使ってプレーすることをさくら(ジャパン)で学んだ」と、収穫を口にする。忘れ得ぬ一つの哲学がある。「負けにも意味がある」―。「試合で練習して来たことをどう出せるかが大事で、出し切って負けたなら実力不足と分かるけど、それができずに負けることとはまるで違う」。肝に銘じるのは「負けから何を学ぶか」だ。

 今回の「日中韓3カ国大会」の合宿メンバーに選ばれている上野真歩、堀川真有里、川口暖加(いずれも現コカ・コーラレッドスパークス)らを擁し、2年前にインカレ、大学王座決定戦など、学生タイトル独占の「4冠」に立命大史上、初めて輝いた。その再現が今年のチーム目標だ。「自分の言動でチームが変わってくると思うので、もっと前向きな声掛けと、後輩たちを引っ張っていけるようにしたい」と、丸山は意気込む。立命大ホッケー部の魅力は「選手の自主性を重視して、自分たちで考えたホッケーをする」こと。ここで過ごした大きな財産を携え、卒業後もホッケーを継続する予定で、将来は故郷・富山に戻り、ホッケーの指導や、地元の人たちに貢献できるような仕事に就くことが夢だ。「ひょっとしたら同期で、ホッケーを続けるのは自分だけで、皆、就職してホッケー人生が(今年で)最後になってしまうかもしれない。だからこそ今年は、全員で必ず優勝したい」と、心に誓う。再び立命大の黄金時代の幕開けが必ずやってくる。

◆丸山 にこ(まるやま・にこ)2004年、富山県生まれ。3歳から水泳、小学生からホッケーを始める。石動中時代の北信越大会では2競技にエントリーできないため、1年では水泳、2、3年はホッケーで出場。石動高に進み、ホッケーに絞った。世代別の日本代表選手として大舞台を数々経験。進学した立命大でもエースとして活躍し、ポジションは競技を始めてからFW一筋。「運動量、体力には自信がある」と話す。昨年のアジアカップで女子日本代表「さくらジャパン」に初選出された。目標はまだ日本が成し遂げていない五輪でのメダル獲得。U18にも選ばれた妹・はなさん(石動高)も今春、立命大に合格。ホッケー部でプレーし、姉も「相応に上手」と評価する。政策科学部はOGでパリ五輪代表の浦田果菜(現コカ・コーラレッドスパークス)らも学び「第二言語のインドネシア語など、本当におもしろい」という。ゼミで専攻するこども食堂への関心が高い。趣味はおいしいものを食べることで「アサイーボウルと今はコーヒーにはまっている」そうだ。得意料理は祖母直伝の肉じゃが。将来、チャンスがあれば欧州など海外への挑戦も夢見る。ホッケーをやっていなかったら水泳を続けていたそうで「ホッケーの魅力はボールの音と試合展開の速さ」と話す。「ルールが分かればおもしろい競技なので(立命大の選手に)力になる応援をお願いします」と呼び掛ける。名前の「にこ」には笑顔を絶やさなようにとの思いも込められている。

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