2025年シーズン限りで現役引退を決断した伊藤翔さん(37)が3日、横浜市内で引退会見を行った。伊藤さんは07年に中京大中京高を卒業後、Jリーグを経由せずに直接海外クラブ(フランス・グルノーブル)へ入団。

19年経った現在では10代の選手が海外クラブと契約することは珍しくないが、当時は大きな話題となった。この日の会見では自身の決断を振り返り、後進への助言も残した。

 若い世代で日本から欧州クラブへ挑戦する先駆けとなった伊藤さん。現在の状況と自身とを比較し、「僕が行ったときよりも情報があったりいろんなことが発達して、暮らしやすくもなったでしょう。自分が行ったときよりは(海外に)行きやすくなった」とコメント。当時の決断については「自分が最初に行けたっていうのは良かったですけど、たまたま順番がそうなっただけ」と冷静に振り返った。先駆けという位置づけには「そう言っていただけるのはもちろんうれしいですけど、あんまり自分の中では考えていなかったですね」という。

 海外移籍が当たり前の状況にもなったことには、「それはいいことですし、皆さん多分海外のトップクラブを目指してプロに入るとは思うんですけれど、海外に直接行く選手がやっぱり絶対的に少ない」と語った。「(海外移籍が)多くなっていくと、もっといろんな事例が出てきて、どういうふうに解決していこうかと。後から生まれたもん勝ちじゃないですけど、いろんな情報がどんどん出てきて、ここから進化していく」と自らの考えを明かした。

 ただ海外に挑戦する条件もあると指摘した。若い選手がJリーグで実績を積むことも含め、「一年間戦える体力だったりとかプロで戦える体力とメンタルを作る。

選手のタイプにもよると思うので一概には言えないですけど、自分としてはいろんなことが整っているのであれば、すぐ海外に行ってもいいのではないかなと思っています」と準備と心構えの重要性と説いた。その上で「(先駆けとなった)自負とかはないですけど、こういうことがあるんだよっていうのは伝えられるというか、誰かのためとか、行く選手のためになるのであれば嬉しい」と“後輩たち”への思いも残した。

 伊藤さんは高校時代にイングランドの強豪アーセナルを率いていたベンゲル監督から声をかけられ、元フランス代表FWになぞらえ「和製アンリ」として注目されたストライカー。07年に当時としては異例の高校のサッカー部から直接海外のクラブへ入団してプロキャリアをスタート。10年に清水に移籍し、横浜FM、鹿島、横浜FC、松本でプレーした。

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