関東圏の大学野球リーグに進んだ道産子たちの「今」を紹介する「白球を追う」。今回は2022年にクラークからセンバツ高校野球に出場し、亜大に進学した江別市出身の右腕・辻田旭輝投手(4年)。

入学後は右肘の故障などで、ここまで思い通りにはいかなかったが、プロへの夢は変わらない。7日の東都大学春季リーグ開幕を前に、東京の亜大日の出キャンパスでインタビューした。(甲斐 毅彦)

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 最速151キロを誇る183センチの本格右腕。4年前のセンバツ1回戦の九州国際大付戦では延長10回サヨナラで敗れたものの、2回途中から登板し11奪三振の熱投を見せた辻田は、ひと回り大きく成長していた。当時84キロだった体重は90キロになったが「体に重さは感じません」とトレーニングは怠っていない。

 大学進学後は順風満帆とは言えなかった。1年秋にベンチ入りし、中大戦で救援としてデビュー。1回1失点ながら速球で大器の片りんをみせた。2年になると、歴戦の積み重ねで悲鳴を上げる右肘の痛みに耐えられなくなり、春季リーグ戦開幕の前日にメンバー外に。6月に入院し、クリーニング手術を受けた。「そこから1年ぐらいはほとんどできませんでした」と振り返る。

 一度狂った歯車はなかなかかみ合わない。

3年時にも公式戦の登板機会は巡って来なかった。「ここまで支えてくれた家族に恩返しできず、申し訳ない」。冬には後ろめたさを感じながら帰省し、雪かきを手伝ったが、工務店を営む父・拓也さん(53)からの言葉は「野球は続けろよ」だった。元々野球少年だった父は中学時代にヘルニアを患うなどの事情があって競技を断念した経験がある。息子に託した思いは強い。

 今春は復調の兆しが見えた。オープン戦では6試合16イニングを投げ、直球に加えてフォークがさえ始めたのだ。教えてくれたのはドラフト2位で広島から指名を受けた1学年上の斉藤汰直(22)だった。「トレーニングの仕方や野球への姿勢も。(プロ入りする人は)すごいなと感じました」

 大学生活最後のシーズンでの目標は「登板回数を増やすこと」。社会人クラブに進められれば、まだプロへの可能性は残る。座右の銘は「雲外蒼天」。

曇り空は必ず晴れる日が来ると胸に言い聞かせ、前へ進む。

 ◇辻田 旭輝(つじた・あさひ)2004年5月13日、江別市出身。21歳。小1の時、江別中央タイガースで野球をはじめ、岩見沢シニアを経てクラーク高でセンバツに出場。家族は両親と兄、妹、弟(丞、クラークを経て星槎道都大に今春入学)。183センチ、90キロ。右投右打。

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