1999年9月15日、ハワイ・ワイキキ沖。報道陣を乗せた豪華客船に向かって、5人の少年を乗せたクルーザーが猛スピードで向かってきた。

客船に乗り込んできたのは、ジャニーズJr.(当時)の大野智(18)、櫻井翔(17)、相葉雅紀(16)、松本潤(16)、二宮和也(16)=年齢はいずれも当時=。相葉は「の頭文字が日本では五十音順、外国ではABC順のトップにくる、とにかく一番頂上に立ちたいということで付けました」と気恥ずかしそうに語った。

 当時の担当記者だった宇佐美謙二は振り返る。「壇上での会見の後、報道陣が5~6人ずつ座るテーブルを5人のメンバーが順番に回る形式で話を聞かせてもらったが、異様におとなしかった。あとで聞いた話によると、沖に停泊したクルーザーの中で数時間も待機していたため、メンバーたちも船酔いしていたようです」。

 5人が嵐でデビューすることを知らされたのはわずか1週間前。相葉が慌ててパスポートを作ったというのは有名な話だが、Jr.時代、アイドルをやめる決意を固めた大野が、最後のサポートのつもりで挑んだのがデビュー曲「A・RA・SHI」のレコーディングだった。本人は仮歌のつもりだったが、その数か月後にまさかのデビューを果たすことになった。

 このとき5人が乗っていたクルーザーはしばらく行方不明になっていたが、2014年にハワイで15周年のコンサートを行った際、所有者が名乗り出て5人との“再会”が実現。二宮は「連れられて来た15年前はよく分かっていなかったけど、ようやく今このすごさが分かった」と感慨深そうに話した。大野はステージで「ハワイで当時、訳が分からないモヤモヤを抱えていたのを思い出しました。今そのモヤモヤはもうありません」と涙した。

 デビュー会見以来、「嵐と言えばハワイ」のイメージは根付いた。しかし、必ずしも5人の“航路”は順風満帆ではなかった。

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