歌舞伎俳優・坂東彌十郎(69)から目が離せない。「四月大歌舞伎」(東京・歌舞伎座、27日千秋楽)昼の部「裏表先代萩」で、女形の大役・八汐という子どもをなぶり殺しにする“極悪の女”を演じている。

舞台写真を見ただけでも、役の恐ろしさが伝わってくる。彌十郎に、ソフトで穏やかなイメージを持っている人にはショッキングかもしれない。歌舞伎座の出演後、話を聞いた。

 「ショックを与えるくらいじゃないといけないと思っています。そうでなければ(主人公の)政岡との対比が伝わりませんから。徹底的にやらないといけないと思っているんですよ」。心を鬼にして残酷な場面に向き合っている。

 非道で残虐な女形の大役。演出的な効果からも、主役級の立役(男役)が演じることが多く、加役と呼ばれる。彌十郎は1月に「鏡山旧錦絵(かがみやまこきょうのにしきえ)」(新国立劇場)で気性が激しく意地悪な岩藤という役でも存在感を発揮。4か月間で“2大加役”の両方を演じたことになる。

 八汐は2度目。

初役(2018年)の際、この役に定評のある片岡仁左衛門に教わったという。「慣れない女形ですから動きの中でどのようにすれば負担が少ないか、などいろんなことをお聞きしました。さまざまな先輩方の八汐を見てきて、将来やらせていただけたら、と思っていた役でもあります」。

 その一方で「5月で古希(70歳)ですから、年齢的なものを感じることも。立て膝でずっと子どもを乗せた状態から、次に立ち上がるとき、足の指先の感覚がなくなったり。まだまだ修行が足りない。鍛え直さないといけませんね」

 彌十郎はいま多忙だ。NHK連続テレビ小説「風、薫る」(月~土曜・前8時)を始め、警察署長を演じる「夫婦別姓刑事」(14日スタート、火曜・後9時)、民政党幹事長にふんする「銀河の一票」(20日スタート、月曜・後10時)=ともにフジ系=と春のドラマ3本の収録を掛け持ちしている。7月からはTBS系日曜劇場「VIVANT」の続編も控えている。

 NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」(22年、三谷幸喜脚本)で主人公の父・北条時政を演じたのが転機になった。「声を掛けてもらえるのはありがたいし、うれしい。これほど仕事が重なるのは役者人生でも初めてじゃないかな。

頭の中で役が一瞬、混乱するときがありますよ。でも歌舞伎の舞台もしっかり。そうしないと、役がもらえなくなってしまう。あぶはち取らずはいけませんからね」。今月の八汐を見れば、ドラマの彌十郎の演技の味わいも、また違ったものになるでしょう。(内野 小百美)

【8代目菊五郎演じる政岡と八汐の“対比”に注目】

 ◇裏表先代萩 江戸時代の仙台藩伊達家のお家騒動を描いた名作「伽羅先代萩(めいぼくせんだいはぎ)」をもとに仁木弾正、乳人政岡の活躍を“表”、下男小助の大場道益殺しを“裏”とし、時代物と世話物が交互に展開。「御殿の場」で幼君・鶴千代を守るため、政岡の子・千松は母の教えを守り、身代わりとなって毒入りの菓子を食べる。この露見を恐れた弾正の妹、八汐は懐剣で千松を刺し殺す。弾正、政岡、小助の3役を8代目尾上菊五郎が演じている。

【息子の舞台も気になるが「行くのは難しいかな」と父の顔】

 〇…彌十郎の長男・坂東新悟(35)は若手注目の女形。現在、「四国こんぴら歌舞伎大芝居」(香川・金丸座で26日まで)に出演中。第1部の「吃又(どもまた)」こと「傾城反魂香 土佐将監閑居の場」ではおとく、第2部「妹背山婦女庭訓(いもせやまおんなていきん)」の「三笠山御殿」で橘姫、映画「国宝」にも登場した舞踊「鷺娘(さぎむすめ)」と4演目中、3作に出演。

「日帰りでも見に行きたいのですが。でも何かあって舞台やドラマにご迷惑をかけてはいけないから難しいかな」と父親の顔ものぞかせた。

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