初代タイガーマスクの佐山サトルが26日、千代田区の神田明神文化交流館EDOCCO STUDIOで「初代タイガーマスク」デビュー45周年、「佐山サトル」デビュー50周年を記念した特別トーク&上映会を開催した。

 初代タイガーは、1981年4月23日に蔵前国技館でのダイナマイト・キッド戦でデビュー。

誰も見たことのない革新的な動き、強敵たちとの血湧き肉躍る死闘で日本全国に空前の一大ブームを巻き起こしたが83年8月4日の蔵前での寺西勇戦を最後に電撃引退した。

 今年は初代タイガーのデビュー45周年。さらに佐山が76年に新日本プロレスでデビューしてから50周年の記念イヤー。メモリアルイベントで上映された試合は以下の通り。

 ▼1981年5月8日 川崎市体育館 ブラック・キャット戦。

 ▼同年5月12日 名取市民体育館 クリス・アダムス戦。

 ▼82年4月21日 蔵前国技館 ブラック・タイガー戦。

 ▼同年5月25日 静岡産業館 レス・ソントン戦。

 ▼同年5月26日 大阪府立体育会館 ブラック・タイガー戦。

 ▼同年10月26日 大阪府立体育会館&11月4日 蔵前国技館&83年6月2日 蔵前国技館 小林邦昭戦。

 ▼83年8月4日 蔵前国技館 寺西勇戦。

 上映された試合の中では、“虎ハンター”小林邦昭さんとの初対決となる82年10月26日、大阪府立体育会館と続く同年11月4日、蔵前国技館での連戦。

さらに83年6月2日、蔵前国技館での試合を流した。

 大阪、さらに蔵前での連戦では、共に小林さんがマスクをはぎ取る壮絶な一戦となった。2024年9月9日に68歳で亡くなった小林さん。ビデオを上映後に初代虎は三回忌の命日が過ぎたことに「思いがこみ上げてきて大変悲しいです」と声をふるわせた。

 さらに小林さんを「若手の時代から2年先輩でお世話になって。優しい先輩でした」と振り返り、メキシコでの武者修行では、同じ部屋で暮らし「友達のような感覚」だったという。

 タイガーマスクとしての対戦を「何とか小林さんを大スターにしたい。お互いにライバルであって盛り上げるものにしたい。小林さんとの試合は必死にやりました」と明かし「新日本プロレスのため、アントニオ猪木さんのため、師匠のため、先輩のため…そういう思いで試合をしていました。お金のことはまったく意識しませんでした。先輩のため…そういう気持ちでリングに上がっていました。必死で戦っていました。

その1人が小林邦昭さんです。冥福を祈りたいと思います」としのび「小林さん、ありがとう…」と感謝をささげていた。

 小林さんとの戦いを「思う存分の試合ができました。プロレス人生で誇りの持てる悔いのない試合がお互いにできたと思います」と思いをはせた。師匠のアントニオ猪木さん、新間寿さんへの感謝を明かし「小林邦昭さん…切磋琢磨した時代があって今、僕がここに立っている。感謝してみんなの尊厳を守りたいと思います」と誓った。

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