村上春樹が『風の歌を聴け』でデビューし、アニメ『機動戦士ガンダム』の放映が始まり、ソニーが「ウォークマン」を発売した年――1979年(昭和54年)は、日本のポップカルチャーにおける大きな転換点とされる。この時代、清涼飲料にもさわやかな“青い風”が吹いていた。
当時の清涼飲料市場を知る上で、避けて通れない産業的な転機がある。1977年(昭和52年)10月、全国清涼飲料協同組合連合会と全国清涼飲料工業組合連合会は「ラムネ」を「中小企業の特有の品種」として宣言した。
同年に成立した分野調整法(中小企業の事業活動の機会の確保のための大企業者の事業活動の調整に関する法律)に基づくもので、大企業と中小企業との“棲(す)み分け”を図るために策定された「慣習的なルール」だ。
日本では戦前より「ラムネ(レモネードが訛って定着した呼称)」が多くの業者によって製造販売され大衆に普及していたが、やがてビール会社などの大手が「サイダー」や「シトロン」という名で高級志向の炭酸飲料を投入し、次第にシェアを広げていった。
いずれも飲料としては本質的な違いはないが、宣言では『ビー玉で栓をしているものが「ラムネ」で、王冠やスクリューキャップを使用しているものが「サイダー」』(全国清涼飲料連合会)と定義された。これにより大手は、中小企業の領域を侵さないよう注意深く配慮しながら、「透明炭酸」の分野でより洗練されたブランドイメージを競うことになった。
口火を切ったのは朝日麦酒(現・アサヒ飲料)だ。同社は1979年、それまで大瀧詠一さんによる楽曲のイメージが定着していた「三ツ矢サイダー」のCMを刷新、俳優の手塚理美さん(手塚さとみ、当時18歳)と、前年にデビューしたばかりのサザンオールスターズを起用した。
CMソングは「青い空の心(No me? More no!)」。独特のワードセンスで注目されていた桑田佳祐さんらしい遊び心が盛り込まれ、サブタイトルの『No me? More no!』は「の・み・も・の」にも聴こえる。
迎え撃つ当時のトップシェアブランド「キリンレモン」(麒麟麦酒、現・キリンビバレッジ)が抜擢したのが、同じく前年にデビューしたばかりの女性シンガー、竹内まりやさんだった。CMに使用されたのは彼女の2枚目のシングル「ドリーム・オブ・ユー~レモンライムの青い風~」。
「♪レモンライムの青い風 伝えて愛のDream of you」(作詞:竜真知子)
商品のキャッチコピーを巧みに織り込んだ歌詞は、モデルの中島はるみさんが砂浜を走るCM映像ともよくマッチし、同曲はオリコンチャートに半年近くランクインし続けるロングヒットとなった。竹内さんはその後「SEPTEMBER」「不思議なピーチパイ」とヒットソングを連発し、人気歌手への道を駆け上ってゆく。
青山学院大学で結成されたヤンチャなバンドと、慶応大学で英米文学を専攻した才媛シンガー。二社による1979年のサイダーCMソング対決は、ポップカルチャーの時代の幕開けと、清新かつ都会的なイメージで「ラムネ」との明確な差別化を図りたい大手飲料メーカーの思惑とを象徴していた。
翌1980年、「三ツ矢サイダー」はサザンオールスターズを起用し続けたが、「キリンレモン」のCMソングはシンガーソングライターEPOさんの「Park Ave.1981」にバトンタッチ。「♪レモンライムの青い風」という一節は引き継がれた。この曲のバックコーラスにはEPOさん自身に加え、元シュガー・ベイブの大貫妙子さんもクレジットされている。
他社も負けてはいない。日本コカ・コーラは1979年、八神純子さんによるオリジナルのCMソング「スプライトのうた」を制作。八神さんのコンサートツアーにも協賛して大々的な販促を展開した。
いっぽう当時、強い透明炭酸ブランドを持っていなかったサントリーは、1リットル150円という大容量の「サントリーレモン」を訴求するため、大人気プロレスラーのアブドゥラ・ザ・ブッチャーさんを起用したコミカルなCMを放映(1980年)。
3人組アイドルグループ、アパッチによるCMソング「レモンのキッス(Like I Do)」のプロデュースを手掛けたのは、70年代に「三ツ矢サイダー」のCMソングを一手に担っていた大瀧詠一さんだった。
余談だが、このとき没になった楽曲に、EPOさんとシャネルズ(のちにラッツ&スター)の歌(「大きいのが好き」、『NIAGARA CM SPECIAL』収録)があった。もしこの曲がサントリーのCMに採用されていたら、EPOさんが翌年「キリンレモン」のCMソングを歌うことも無かったかもしれない。
分野調整法による「ラムネ」と「サイダー」の棲み分けは、日本の産業構造の変化を示すとともに、都市部の若者が主導する新しいライフスタイルの到来を告げるものだった。大手飲料メーカーは「サイダー」のブランドイメージをアップデートするために新しい感性を必要とし、名だたるミュージシャンたちがそれに応えた。
竹内まりやさんが運んだ”レモンライムの青い風”は、シティポップの軽やかなリズムとともに、戦前から続く透明炭酸の歴史に新しい価値観を吹き込んだ。
【岸田林(きしだ・りん)】









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