農林水産物・食品を巡る日中関係は、それぞれの政治経済・社会環境の変化に伴って、関係の悪化と修復を繰り返してきた。本稿では、日中食品ビジネスの変遷を振り返りながら、中国市場で現在進行している規制・消費者意識・制度変更が、日本企業の事業戦略にどのような影響を及ぼしているのかについて、大東文化大学の森路未央准教授が解説する。
〈2010年頃を境に日中食品ビジネスが多様化〉
周知のとおり、中国は1978年末に市場経済体制への転換を開始し、2010年には日本を越え、世界第2位のGDP大国となった。中国の高度成長時代にあたるこの約30年を振り返ると、2000年代初頭までは中国での製造コストが日本よりはるかに低かった時代に適応した食品ビジネスが展開された。それは、開発輸入型ビジネスの中国展開を目的にした日本企業の対中投資である。
中国が登場する前の開発輸入型ビジネスは、台湾などで展開していたが、生産コスト高に直面していた。中国が有する、広大な農地、低廉かつ豊富な労働力といった生産コストの削減力、日本に近い気候などを生かせば、台湾の代替地に留まるどころか、大規模な展開が臨めるため、日本の食品メーカーや商社は中国への移転や増設を行った。
生産・加工現場の立地は、南北にも広大な中国の特性を生かし、1社で山東省と福建省など複数地域に工場を設け、地域間のリレー出荷体制を構築し、日本への周年供給を実現した。こうしたビジネスの拡大に伴い、現地では地場企業のサプライヤーが誕生し、周辺農家から原料農産物を集荷することへの管理など、日系サプライヤーのインテグレーション力が求められた。
そこで課題となったのが安全性である。2000年代前半には、中国産輸入食品から基準値を超える残留農薬の検出が日本や香港で大きく報道され始め、日中双方での対応が始まった。政府も介入して新たな制度も現場にもたらされ、食品安全監督管理体制が整備されてきた。
しかし2008年に日本で中国産冷凍餃子から有機リン酸系薬物が検出された問題が生じた。日中の企業や政府が共同で対応してきた日々の努力が一気に崩されてしまう出来事であった。それでも中国は2009年に食品安全法を施行するなど法規を整備し、関連企業も着実に対応してきた。輸入食品の安全性を巡る問題は特に中国産になると、センセーショナルに発信されることが多い。
しかし、統計からみると、中国からの輸入食品の検査違反率は他国と比較して高くないのが実態である。例えば「令和5年度輸入食品監視統計」をみると、中国産は輸入届出件数が90万5785件、検査件数が8万5435件、違反件数が206件で違反率が0.241%であった。第2位のフランスは違反件数が11件、違反率が0.109%、第3位の米国は同100件、同0.726%、以下、タイは同44件、同0.417%、韓国は同23件、同0.318%であった。
中国産よりも違反率が高い国は多く、中国産だから安全ではないということでは全くない。しかし、日本ではなかなか理解が得難い中国という国が持つ「規模」がこの分野でも生じてしまうのである。
2010年代になると、中国では所得水準が1万ドルを超える地域や階層が拡大し、消費者の購買力が高まってきた。この状況を受け、開発輸入を展開する企業のなかで、中国国内販売ビジネスを展開する企業が増加した。また、2000年代初頭の小泉純一郎政権による日本産農林水産物・食品等の輸出促進策1兆円目標の本格開始に、中国の購買力向上が加わり、日本産食品の対中輸出が増加する。
2011年に生じた東日本大震災による東京電力福島第一原子力発電所事故に伴う農林水産物・食品等の輸出規制などにより、輸出の停滞が現在も続いている。2025年の対中輸出額は1799億円となり、輸出先国・地域としては第4位に下がったが、重視すべき市場である。
また、日本の外食産業の中国進出も増加している。2025年11月の「海外における日本食レストラン数の調査結果」(農林水産省輸出・国際局)によると、中国の日本食レストラン数は第一位の6万3500店(23年比1万5260件減)で、第二位の米国(2万6360店)となった。
中国のレストラン数の多さの背景に、中国企業による開店に加えて、日本の大手チェーンによる投資の拡大が挙げられる。
〈2025年の中国食品ホットトピック〉
このように日中食品ビジネスの展開は多様化している。今後の日中食品ビジネスの広い展開に資するべく、以下では、2026年1月7日に中国食品科学技術協会が発表した「2025年食品安全と健康ホットトピック」から、今後の食品ビジネストレンドの考察と新たな規則の再確認を行う。
ホットトピックの第1位は食品安全にかかる「保水エビ事件」であった。「食品安全国家標準食品添加物使用標準」(GB2760-2024)によると、冷凍水産物に保水剤を使用する場合、最大使用量は1kgあたり5gを超えてはならないと規定しているが、500gのエビに350gの保水剤を使用していたという、重量を水増しした食品添加物違法使用問題である。
第2位は、規則の変更として「包装済食品のラベル規則」が取り上げられた。2025年3月、政府は新たな国家基準として「食品安全国家標準包装済食品ラベル通則」(GB7718-2025)「食品安全国家標準包装済食品栄養ラベル通則」(GB28050-2025)「食品ラベル監督管理弁法」を発表、2027年3月16日に施行する。
主な変更点は、〈1〉賞味期限表示を満期日に変更、〈2〉食品内のアレルゲン表示の義務化、〈3〉栄養成分表示は「1+4」から「1+6」に変更、〈4〉飽和脂肪酸と糖の表示を追加、〈5〉包装済み食品に「添加物ゼロ」「無添加」などの表記の禁止である。
第3位は、2025年3月13日発表の「食品安全における食品チェーン全体の監督強化に関する意見」である。同意見は、コロナ禍以降に隆盛している食品の輸送、宅配、越境ECにおける規制を策定したもので、オンラインプラットフォーム、ライブ配信者、配送員など食品チェーン全ての関係者を対象としている。
第4位は近年、無菌卵(无菌蛋)と表示する生卵の販売増加を受け、消費者が関心をもつ「卵は生で食べれるか?(無菌卵)」について、吉林大学の劉静波教授が「卵は完全な無菌の実現が困難であり、関連規格に「無菌卵」という概念はなく、「生で食べられる卵」という表現がより科学的である」との指摘である。中国にも生卵を食べたいという需要が一定数あることが読み取れる。
第5位は、D-アルロースが新たな食品素材としての国家承認を受けたことを取り上げている。この承認を受け、生合成食品素材の新時代が到来したという期待である。技術力の向上、多様化する食品ニーズ、健康志向の高まりなどを受け、新たな食品素材の許認可がビジネス拡大のチャンスになっている。
第6位は、2025年7月に甘粛省天水市の幼稚園児233人から血中鉛濃度の異常値を検出した事件である。幼児向け給食を“映え”させるために、食材に工業用顔料を混ぜていたことが判明した。根底には幼稚園児の集客がある。「非食用」色素の使用は「食品安全法」違反である。政府は、監督・管理者や実務家への研修の強化、トレーサビリティの厳格な運用、社会的な監督機能の拡大などを指摘している。
第7位は、「辣条」や「豆腐乳」といった食品から「ボツリヌス菌汚染」が検出された案件である。ボツリヌス菌は、自家製や市販の食肉、塩漬け魚介類、豆製品、缶詰などが、製造段階で汚染されるリスクがある。このことを消費者、製造業者らに発信している。
第8位は、「長期保存」食品の安全性と栄養価に対する疑問である。専門家は科学的見地から「長期保存食品だからといって、安全性や栄養価が低いわけではない」と解説。消費者は購入の際、包装の完全性、保存条件、保存期間に注意し、推奨保存期間内の製品を選ぶべきと指導している。
第9位は、一部の学校給食運営企業が基準に満たない原材料を使用する違法行為を受け「学校給食の安全性を無視してはならない」と警告するトピックである。トレーサビリティの改善、コールドチェーンの監督強化など既存対策の徹底が求められる。しかし近年は消費者が「透明性」を強く訴求している。これに対し政府は「インターネット+オープンキッチン」推進を掲げ、調理プロセスの可視化とAIなどの技術の組み合わせ、情報公開を必ず行うことを求めている。
第10位は、高齢化が進む中国において、高齢者の栄養不足を補うための「高齢者に適した食品」(以下、适老食品)を取りあげている。国家食品安全リスク評価センターの陳俊石主任は「适老食品」とは、消化機能などの生理機能が低下している高齢者に適した包装済加工食品と指摘している。科学的根拠に基づいた「适老食品」の供給は現在はほぼゼロに近い。
しかし今後は、巨大な市場に成長すると予測され、科学研究と標準化生産が求められているとしている。企業が主導権を握り、産学官で協力して「适老食品」を専門的観点から推進し、高齢者の栄養不足を補い、生活の質を確保する上で重要な食品となるような支援・促進を推奨するとしている。
以上のホットトピックをみると、中国の食品市場で求められている新たなビジネスとして、高齢化社会に適応した食品の供給、新たな素材による新しい市場の創造、より高い安全性を追求する規則への適応、学校給食など萌芽的ビジネスの不安定さと近年の消費者の新しい訴求などが挙げられる。
〈「透明性」を巡る課題〉
第9位は、消費者が「透明性」を強く訴求するというトピックであった。日本でも報道された中国外食チェーン「西貝」の事例から、規則・基準と消費者をつなぐ透明性のある情報公開について考えたい。
「西貝」は内陸部の内モンゴルや西安で常食される小麦麵食、羊肉、トマトなどを主な素材に、店舗内で注文後に「手作り」され、「出来たて」で提供される料理として消費者に評価されている。その強みを背景に、1人当たり単価が70~80元の比較的高価格帯でありながらも中国国内で約350店舗を展開する大規模飲食チェーンである。
2025年9月、インフルエンサーの羅永浩氏が「西貝」で食事の後「ほとんどが温めるだけの調理済食品(預制菜)を提供しているわりに価格が高すぎる」とする投稿をきっかけに、創業社長の贾国龍氏が「調理済食品は一切使用していない」「当社の主張が伝わっていない」と反論した。
贾社長は消費者に理解を求める誠実さが欠けたと批判を受けた後に、「創業者である社長が反省して学習し改める」とSNS投稿し、羅氏もこれ以上は反応しないと投稿し、論争は落ち着いた。しかし、この結果、「西貝」は102店舗を閉店し、従業員約4000人の転属や解雇を伴う経営調整を余儀なくされ、25年9月~26年3月までの累計赤字は6億元超と予測されている。
〈店舗側と消費者との間の「情報の非対称性」の改善〉
消費者は「店舗での手作りや出来立てに対する期待」を抱いて来店するも「セントラルキッチンで加工、店舗で加熱提供」という現実を知ったことで、法規的には問題ないが、消費者がイメージを裏切られたことや、その後の反論対応により、経営悪化に至っている。
国家市場監督管理総局によると、セントラルキッチンで洗浄やカットなど一次加工および調理された食材は調理済食品ではないので、規則上の問題はない(2026年1月26日付「人民日報」)。しかし、消費者は生鮮野菜を店舗で切ったばかりの状態で調理を始めて提供されていると思っている。この情報の非対称性に対して、店舗側と消費者との間で情報をどのように公開していくかが求められているようだ。
これについて、投稿があった数日後の9月21日、国務院食品安全委員会弁公室等政府関連部門は、調理済食品の国家基準の迅速な推進、飲食段階で使用する調理済食品の情報開示の普及による、消費者が知る権利と選択する権利の確保を真摯に研究すると表明した。
直近では2026年1月22日、「調理済食品に関する国家食品安全基準」(食品安全国家標準:預制菜)「「調理済食品の用語と分類」(預制菜術語和分類)および「飲食段階の料理の加工・製造方式の自主的な明示を促進することに関する公告」を起草し、近日中にパブリックコメントを行うと発表した。
筆者が「全国標準信息公共服務平台」などで同基準を検索したところ、全文はまだ公開されていない。中国政府は情報公開の透明性の確保をどのように規定化するのだろうか、今後の公開が待たれるところである。
〈森 路未央(もり・ろみお)〉 大東文化大学外国語学部准教授









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