年末年始が近づくと、何かとあわただしい日々が続くが、それは江戸時代も同じこと。大晦日まで働いて、元旦に休んだら、二日から年始の挨拶回りが始まる。

これを「年礼」というが、どんな挨拶回りだったのだろうか?連載【江戸の知恵に学ぶ街と暮らし】
落語・歌舞伎好きの住宅ジャーナリストが、江戸時代の知恵を参考に、現代の街や暮らしについて考えようという連載です。

江戸時代の年始の挨拶は、落語にもなっている「御慶(ぎょけい)」の一言?

落語「御慶」は、人間国宝だった柳家小さん師匠の十八番。私は、孫の柳家花緑師匠で聴いたのだが、毎度馬鹿馬鹿しい落語だ。

年の暮れ、借金だらけなのに富くじ(江戸時代の宝くじ)に凝っている長屋の八五郎は、「夢見がよかったから」と富くじが買いたくてたまらない。おかみさんの半纏(はんてん)を無理やり脱がせて、質に入れてお金をつくり、湯島天神へと向かう。

「鶴が梯子の上で羽を広げている、めでたい夢を見た。鶴は千年っていうから鶴の1000番、梯子は845だから、鶴の1845番をくれ!」と言うが、その番号はすでに売れてしまっていた。がっかりした八五郎を易者が呼び止め、「梯子は下から上がっていくのだから548。鶴の1548番がよかろう」と勧めるものだから、戻ってその番号の札を手に入れる。

湯島天神では当たり札を突いて発表する時間だったので、八五郎はそのまま当たりくじの番号を聞いていたら、なんとこれが千両の当たり札!

すぐにお金を受け取ると手数料を引かれて800両になってしまうが、そんなことをかまっていられない八五郎。800両をもらって喜んで家に帰った。それからが大騒ぎ。

たまっていた店賃などの借金を払ったり、めでたいからと古着屋で武士のように裃(かみしも)から足袋(たび)まで一式買って、さらに刀まで買いこんで、豪勢に年越しをする。

さて、元旦。大家に挨拶に行って、この姿で年始の挨拶回りをしたいからと、挨拶の仕方を教えてもらう。格式ばった長い挨拶は覚えられないから、簡単なものをと言うと「御慶」と言えばいいと教わる。さらに大家は、お上がりなさいと言われたら、「永日(えいじつ)」(=いずれ日ながの折にゆっくり会おうの意)と答えろと教えてくれた。

八五郎は、それから人に会う度に「御慶」「永日」「御慶」「永日」を連発。繭玉(まゆだま)を担いで帰ってきた友達に会ったので、またまた「御慶」と叫んだら、なんて言ったと問われたので「御慶ったんだよ(御慶って言ったんだよ)」と言った八五郎に、友達は「どけえ(どこへ)行ったんだよ」と聞き間違えて「恵方(えほう)詣りに行った」と答えたとさ。

年始の挨拶(年礼)では、扇子がお年玉代わりだった!

落語の下げの「恵方詣り」とは、元日にその年の恵方にある寺社に参拝して、その年の幸福を祈願する風習のこと。その年の歳徳神(としとくじん)=恵方神のいる方角に繭玉を飾った。八五郎の友達が繭玉を持っていたのは、恵方詣りの帰りだったからだ。

さて、大晦日まで忙しかった江戸の人たちは、元旦は寝正月でゆっくり過ごし、二日に「年礼」と呼ぶ年始の挨拶回りをした。

冒頭の浮世絵は、絵草紙屋「西村永寿堂」の一月二日の商い始めの様子だ。

店の前に大きな門松が立てられ、店の中では、男が初売りの浮世絵を見ている。注目したいのは、中央の人物。鋏箱(はさみばこ)を担ぐ中間(ちゅうげん・最下級の武士)を連れた若侍は、年礼の途中のようだ。

扇子がお年玉? 江戸時代の年始の挨拶はどんな風にしてた?

【画像1】「年始御礼帳 : 3巻」四方赤良他(画像提供/国立国会図書館ウェブサイト)

商人の場合も武家風の正装をして、年礼に回った。大店の主人ともなると、紋付きの着物に裃、白足袋に脇差で、店の小僧や出入りの職人などを供に連れていた。画像の小僧が持っているお盆は、お年玉を載せるためのもの。江戸時代のお年玉は、末広がりで縁起が良いことから扇子を贈ったという。

何軒も挨拶回りをするので、玄関先で年始帳に名前を書いて帰る場合も多かったようで、年始客の多さを示すために玄関に扇子を積み上げる家もあったとか。

なお挨拶の言葉は、今のような「あけましておめでとうございます」ではなく、「御慶申し入れます」だった。八五郎のように、「御慶」の一言ということはなかったようだ。

江戸時代の年礼は半月ほどかけて行ったという。現代は、メールなどで一度に多数の知人や仕事関係者に、年始の挨拶ができる時代になった。

どちらが豊かな時代なのか、深く考えさせられる。

●参考記事
・富くじについて詳しくは/「“江戸時代の宝くじ” 天国と地獄を味わった男の話」
・江戸時代の大家と店子(賃借人)の関係について詳しくは/「落語「小言幸兵衛」の長屋の大家は、実はオーナーではない?」●参考資料
・「江戸の暮らしの春夏秋冬」歴史の謎を探る会編/河出書房新社
・「浮世絵に見る 江戸の歳時記」佐藤要人監修・藤原千恵子編/河出書房新社
・「ヴィジュアル百科 江戸事情 第一巻生活編」NHKデータ情報部編/雄山閣出版
・「雑学 大江戸庶民事情」石川英輔著/講談社文庫
・「落語と江戸風俗」中沢正人・つだかつみ著/教育出版
・「落語こてんコテン」柳家喬太郎著/筑摩書房 元画像url http://suumo.jp/journal/wp/wp-content/uploads/2016/12/123331_main.jpg 住まいに関するコラムをもっと読む SUUMOジャーナル
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