リクルートがこのたび実施した「SUUMO住みたい街ランキング2025 関西版」の「穴場だと思う街(駅)ランキング」部門において6位にランクインした「塚口」。そんな穴場として注目される塚口にある映画館「塚口サンサン劇場」が今、脚光を浴びています。
「マサラ上映の聖地」と呼ばれる映画館があった
物音を立てずに鑑賞するのがよしとされる映画館で、観客がコスプレをし、スクリーンに向かって歓声を上げる。クラッカーを打ち鳴らし、サイリウムを揺らす。ラストは前が見えないほどに舞い散る大量の紙吹雪。この掟破りなスタイルは「マサラ上映」と呼ばれています。インドの映画鑑賞スタイルを参考に、観客が自ら行動して映画を楽しむ体感型イベントです。

大量の紙吹雪が舞い散る「マサラ上映」(提供/塚口サンサン劇場・関西キネマ倶楽部)
このマサラ上映に特化したことで「聖地」と呼ばれ、全国からファンがやってくる映画館が兵庫県の尼崎市にあります。その名は「塚口サンサン劇場」。マサラ上映の日はチケット販売開始わずか2分で完売する人気なのです。
しかし、過去には客席が閑散とし、閉館の危機にさえありました。どん底から這い上がった背景には、それ自体が「映画化できるのでは?」と思えるほど波瀾万丈なドラマがあったのです。

塚口サンサン劇場(撮影/出合コウ介)
■関連記事:
「SUUMO住みたい街ランキング2025 関西版」梅田が4年連続で1位! 「穴場だと思う街」に大国町&桂がTOP5に初ランクイン
「穴場だと思う街(駅)ランキング2025」第6位となった「塚口」
塚口サンサン劇場があるのは、リクルート調査による「穴場だと思う街(駅)ランキング2025」(「SUUMO住みたい街ランキング2025 関西版」より)において前年第10位から6位へと躍り出た阪急電鉄神戸線・伊丹線「塚口」駅の南口を出て、すぐの場所。
塚口駅は大阪梅田駅まで電車で約9分、神戸三宮駅まで約21分。平日朝夕のラッシュ時間帯には通勤特急も停まるアクセスのよさを誇ります。さらに徒歩12分の場所にJR宝塚線「塚口」駅も位置する交通利便性が高い街なのです。

阪急塚口駅南口ターミナル(撮影/出合コウ介)

阪急塚口駅南口。塚口サンサン劇場は、目の前に立つ塚口さんさんタウン1番館にある(撮影/出合コウ介)
塚口は駅の周囲に店舗が多いのが特徴で、南口には酒場が連なる横丁が残存しています。昭和レトロな風情が今なお感じられ、このほっとする居心地のよさが「穴場」として評価される由縁の一つなのでしょう。
塚口のランドマークと呼べるのが、2棟がつながる複合商業施設「塚口さんさんタウン」です。かつては一面農地だったという塚口に1978年、市街地再開発事業によって開業しました。2017年に耐震補強工事を兼ねて新装しましたが、そこかしこに見受けられる昭和生まれのデザインが、この街をいっそう懐かしい雰囲気にしています。
この塚口さんさんタウン1番館にあるのが、塚口サンサン劇場です。塚口さんさんタウン開業と同時にオープンし、今年で72年。塚口駅前開発の歴史をともに歩んだ映画館なのです。

塚口さんさんタウン1号館にテナントとして入居する塚口サンサン劇場(撮影/出合コウ介)
戸村文彦さん(以降、戸村)「私がこの街に赴任した2005年ごろ、今はなき塚口さんさんタウン3番館の屋上遊園地に観覧車があり、週末は運転していました。塚口は昭和の香りが色濃く漂う街でしたね」

塚口サンサン劇場映画営業部次長・戸村文彦さん(撮影/出合コウ介)
塚口さんさんタウン3番館は敷地面積が3棟内で最大規模を誇り、最盛期には約80店舗が営業していたのだそうです。しかし、バブルが崩壊した2000年頃から尼崎市内だけでなく近隣の西宮市や伊丹市などに大型商業施設が多く誕生し、そのあおりを受けて集客力が落ちはじめました。少子化もあって屋上遊園地を訪れる人の数は減少し、遂には閉園。塚口駅前のシンボルだった観覧車は2008年に撤去されたのです。

かつて駅前に観覧車があった時代を再現した段ボールクラフトの展示(提供/塚口サンサン劇場)
さらに2017年には3番館そのものが閉館。晩年期のテナント数は50軒を下回り、空き店舗が目立っていたといいます。
ときには「観客ゼロ」もあった塚口サンサン劇場の苦悩
繁栄と斜陽化を経験した塚口。「塚口サンサン劇場」もまた、時代の流れに翻弄された時期がありました。
塚口サンサン劇場は1階と地下2階に4スクリーン、計484席を擁する “まちの映画館”です。正社員とアルバイト含む20名程によって運営されています。
劇場に入ると、まず目につくのが壁に貼られた手作りのポスター。

階段の踊り場の壁には解説入りの手作りのポスターが並ぶ(撮影/出合コウ介)
「1日に何度も掃除する」というトイレは、床にも鏡にも汚れ一つなく輝いていました。このように随所にホスピタリティの高さがうかがえるのです。
開業は1953年。阪急塚口駅前に前身となる「塚口劇場」がオープンし、1978年、塚口さんさんタウン開業とともにテナントとなって新築。現在の名称に改めました。

塚口駅前にあった「塚口劇場」(提供/塚口サンサン劇場)
戸村「高度成長期を経て、映画産業はとてもにぎわっていました。娯楽と言えば映画という時代。同じ尼崎市内だけで、およそ50軒もの映画館があったそうです。当館も昭和のころに第1次のピークを迎えました」
しかし、時代が平成に入ってから、映画館を取り巻く状況が変わってきたのです。
戸村「2010年ごろから、特に厳しくなったと感じています。
当時は従業員の整理まで行われ、まさに崖っぷち。窮状にあえぎ、閉館やむなしというところまで追い込まれていました。
不入りとなった理由の一つに、「公開作品数の少なさ」があります。現在こそ独自のプログラムで一週間に20作近い映画を上映し、目移りしてしまうほどですが、2010年のころはたったの4、5本だったそうです。

「一時期は観客ゼロの回もあったほど入場者数が減っていた」と語る(撮影/出合コウ介)
戸村「当時はロードショーでまわってくる映画をそのまま上映するだけの映画館でした。しかし、シネコンが増えるにつれ、作品が今までのようには提供されにくくなりました。次の作品が決まるまで、お客様が少なくても同じ映画を上映し続ける期間が生じてきたんです。『このままでは完全に時代に取り残される』という焦りはありましたね」
上映する映画が週に4本では、多彩な作品を上映するシネコンに観客を奪われるのも無理はありません。この他にもレンタルビデオ店の台頭や映画館のデジタル化など時代の変化によるさまざまな理由で、尼崎市内の映画館は軒並み閉館しました。現在は塚口サンサン劇場をはじめ、わずか3軒しか残っていないのです。
勇気を出して上映した電人ザボーガーを観るために全国からファンがやってきた
閉館か、抜本的な改革か。究極の2択を迫られる塚口サンサン劇場。そのような苦境に電気ショックを与える作品が現れました。それが『電人ザボーガー』です。1974年にテレビ放映された特撮ヒーロー番組をリメイクした映画で、主演は板尾創路、監督は独特な作風でマニアックな人気を誇る井口昇。正直に言って上映館数も決して多いとは言えない映画でした。
しかし、この作品の出現が塚口サンサン劇場に新たな指針を示したのです。
戸村「配給会社から『こういう作品があるのだが、上映しないか』と打診されたんです。電人ザボーガーはミニシアター系・アート系と呼ばれるカテゴリーにあり、ライトユーザー向けのメジャー作品を扱っていた当館とは毛色がずいぶん違いました。そのため上映の決断には勇気が必要だったんです。しかし、『このままでは閉館を余儀なくされる状況なのだから、いっそ振り切ろう。その方がインパクトはある』と、腹をくくりました」
これまでにないミニシアター系作品を上映する、そう決心した戸村さんでしたが、公開にはさらなる障壁が立ちはだかりました。昭和生まれの塚口サンサン劇場の上映システムは当時まだ35mmフィルム映写機のみ。
戸村「せっかくの機会でしたが、『これは無理だ』とあきらめかけました。ところが、非常にラッキーなことに試写用につくられたフィルムが1本だけ存在するとわかったんです」
フィルムがあるのならば上映できる。こうしてハードルを乗り越えて公開された電人ザボーガーは大好評。「全国で唯一の35mmフィルム上映」とあり、往年の特撮ファンたちが全国から続々と押し寄せたのでした。

塚口サンサン劇場復興のきかけとなった「電人ザボーガー」。好評につき2021年に再上映された(提供/塚口サンサン劇場)
戸村「問い合わせの電話が鳴りやまないんです。『近くにホテルはありますか』『伊丹空港からどうやって行くのか』『新大阪から電車とタクシーではどちらが早いか』と、過去にない質問ばかり。地元の人たちに向けてやってきた映画館ですから、飛行機に乗ってうちに来る意味がわかりませんでしたし、いたずら電話かと疑いました。そして上映が始まるとキャリーケースを引いたお客さまが次々とお見えになる様子に驚いたんです。そのとき『よい編成、よい企画をすれば、お客様は遠方からでも来てくれるんだ』と気がついた。電人ザボーガーは当劇場の在り方を変えたエポックとなった作品ですね」
戸村さんはこの経験を通じて認識したことがらがもう一つあります。それがSNSのパワーでした。35mmフィルム上映の情報が全国に拡散し、ローカルな塚口という地名が知れ渡った背景には、Twitter(現・X)などSNSがもつ伝播力にあったのです。
戸村「SNSのおかげで成功した、動員が増えたといって過言ではないと思います。宣伝費がない当館にとって無料で情報発信できるSNSはありがたかった。現在は365日、24時間体制でずっと発信しています。Xではトークできるスペース機能を利用して新作映画の解説も配信しているのです」
SNSとの連動という点でも、2011年は塚口サンサン劇場の転換期にあったといえます。こうして塚口サンサン劇場は、ロードショー作品のみならず独自編成・オリジナル企画・再上映など、凝りに凝ったプログラムで古今東西さまざまな作品を観られる映画館へと変貌を遂げました。
さらに2012年にはリニューアル工事を実施。木製だった椅子を取り換え、場内に段差をつけて鑑賞しやすくしたり、「日本でもっともトイレがきれいな映画館」を目指して改装したりと「場末の映画館」からの脱却をはかったのです。2015年からは音響のグレードアップもはかり、日本屈指のサウンドシステムを組んでいます。

リニューアル工事で生まれ変わりをはかり、さらに鑑賞しやすい映画館になった(撮影/出合コウ介)
それでいて、古きよきものの排除はしません。現在はデジタル上映に対応していますが、4スクリーンのうちシアター3のみ、フィルム上映の設備を残しています。フィルム版『AKIRA』のセカンド上映など、こちらも好評。デジタル・アナログのハイブリットの利点を生かしているのです。
「マサラ上映」が場末の映画館のイメージを覆した
改装を終えた2013年、さらに起死回生の決定打となったイベントが開催されました。それがインドのロマンス映画『恋する輪廻 オーム・シャンティ・オーム』のマサラ上映です。観客がスクリーンに向かって声援を送り、音を鳴らし、紙吹雪をまくマサラ上映は塚口サンサン劇場初の試みでした。

床が見えなくなるほどの紙吹雪(提供/塚口サンサン劇場・関西キネマ倶楽部)
戸村「インド映画で行われるマサラ上映という鑑賞方法は以前から知っていました。その多くは有志が劇場を貸しきって行っていたのです。『それを劇場主導でやったら、どうなるんだろう』と考えたのが、始めたきっかけでした。とはいえ不安しかなかったです。映画を観ながら騒ぐなんて基本的なマナーの正反対ですから、そんな突拍子もないことをして反感も買うのではないかと心配でした。それでも『今は振り切ってやるべき時期なんだ』と自分に言い聞かせたんです」
マサラ上映のノウハウがない戸村さんたちスタッフは、インド映画愛好家たちに指南をあおぎ、無事成功。さらにそこで得た知見を、日本をはじめ他の国の映画やアニメーション作品にも導入し、総称してマサラ上映と呼ぶようになりました。

インド映画以外にもマサラ上映を採り入れるようになった(提供/塚口サンサン劇場・関西キネマ倶楽部)
そうして回を重ねるうちに、遠方からわざわざ新幹線や飛行機に乗ってまで人が集まるなど「マサラ上映と言えば塚口サンサン劇場」と、代名詞になっていったのです。現在は月に1~3回、年間20回ほど開催され、プログラムによってはロビーに地元の飲食店の露店が出るなど、いっそうお祭りのような雰囲気になっています。
変わったといえば、大きく変化したのが社員自身の意識でした。アニメ作品『ガールズ&パンツァー』の上映の際に「予算はないが、なんとか劇場を楽しい雰囲気にしたい」と、女性スタッフたちが率先して、映画に登場する戦車の段ボールクラフトをつくり、撮影スポットにしました。今では手づくりの段ボールクラフトが名物になっています。

予算がないため廃棄する予定だったダンボールで戦車を手作りし、話題となった(提供/塚口サンサン劇場)
戸村「彼女たちは美大などは出ていません。皆で知恵を絞って、アイデアを出しあいながらつくったのです。本当にスタッフに恵まれていると思います」
かくいう戸村さんもまた、俳優経験など一切ないにもかかわらず「前説芸人」になりきり、『ボヘミアン・ラプソディ』ではフレディ・マーキュリーに扮してタンクトップにサングラス姿で「エーオッ!」と叫び、『グレイテスト・ショーマン』では寸劇まで披露しました。戸村さんの登場は、もはやマサラ上映の目玉となっています。

フレディ・マーキュリーになりきる戸村さん(提供/塚口サンサン劇場)
このように従業員たちの意識が変わり、一時期は消沈しきっていた劇場にクリエイティブでポジティブな空気が流れ始めました。そんなマサラ上映の影響は、さらに地域に波及していきます。マサラ上映がある日は塚口さんさんタウン内の100円ショップがクラッカーや紙吹雪を詰める洗濯ネット、映画の登場人物に扮するためのサスペンダーや蝶ネクタイなど特設コーナーを設けるようになったのです。
戸村「クラッカーの問屋さんが『局所的に神戸・阪神間で売れるのはなぜだ?』と不思議に思い、視察に来たほどです。また『ガールズ&パンツァー』上映の際には、舞台となった茨城県大洗町の名物あんこう鍋を近くの鮮魚店が販売してくれました。映画をきっかけに地域の経済が動き、活性化に貢献できるのならば、こんなに嬉しいことはないです」
新型コロナウイルス禍、「無声」で映画を応援する観客に感動
こうして2011年よりじょじょに右肩上がりを続けた塚口サンサン劇場ですが、2020年に最大の危機を迎えます。原因は新型コロナウイルスでした。兵庫県に緊急事態宣言が発令され、休館せざるを得なくなったのです。
戸村「入社以来、もっともしんどい時期でした。イベントを一つの柱として立て直しをはかり、おかげでお客様が増え、幅広い層の方々にお越しいただけるようになりました。メディアにもよく取り上げられるようになった。そんなタイミングでのコロナ禍で、約10年かけて培ってきたマサラ上映などの“塚口サンサン劇場らしさ”を発揮できなくなってしまったんです。なにより映画館が“不要不急”の代表のように報道されたのが精神的につらかったですね」
興行界によいニュースが何もないなか、約2カ月の休館をした塚口サンサン劇場。戸村さんは「その間に少しでもなにか発信できないか」と模索し、劇場の歴史を語るエッセイを書きはじめました。のちにそれらをまとめ、単行本『まちの映画館 踊るマサラシネマ』(西日本出版)として上梓したのです。

『まちの映画館 踊るマサラシネマ』(西日本出版)(撮影/吉村智樹)
緊急事態宣言明けの開館後も予断は許しません。観客はマスクを着用し、発声をともなうイベント上映はできないままです。それでもコロナ禍で気持ちが沈む人たちを励まそうと、「実際の花火大会が中止ということならば、映画館で花火大会はできないか」と考え、全国の有名な花火大会の模様を集めた映像作品を上映したり、心が弾むアニメーション特集などを編成したりと、塚口らしさを取り戻そうと尽力したのでした。
戸村「『もうあかん』『今度こそつぶれる』という言葉が何度も口から出そうになりました。このままだと、もっとも厳しい判断を迫られるかもしれないと。しかし『KING OF PRISM(通称・キンプリ)』というアニメ作品の応援上映をした際、お客様が声を出せない代わりに手話で言葉を表現したんです。他にもサイリウムの残像で文字を書いたり、鈴を鳴らしたりするなど、無発声応援上映という形態なのに皆さんさまざまな方法で言葉を発してくださった。そのようにお客様が楽しんでいる様子を見て、私たちのほうが励まされましてね。『映画館のほうがへこんでいちゃだめだ。下を向いてはだめなんだ。立ち止まらない。絶対に復活するんだ』と、強く誓ったんです」
そしてコロナ禍が落ち着いたのち、インド映画『RRR』が連日上映1年9カ月という前人未到の超絶ロングラン記録を樹立するなど好機に恵まれ、約2年で動員数を元に戻したといいます。それは幼い少女を救うためにあきらめない男たちを描いたRRRのように、戸村さんたちが不屈の精神を貫いた結果でした。

コロナ明けも無発声マサラ上映で静かに盛り上がった(提供/塚口サンサン劇場)
地域と手を結び、映画館が暮らしに必要とされる場所でありたい
塚口サンサン劇場の取り組みはマサラ上映などイベントだけではありません。日ごろから地域のお店との連携をはかっています。
戸村「当館のスタッフが地道に街をくまなく巡り、劇場の半券でサービス可能な提携店を増やしています。また、たとえば飲食店ならば『こんど香港映画を上映するのですが、お料理で一緒に何かしませんか』と提案するなどして、共栄できるように努めているのです。映画を観た帰りに作品にちなんだ食事をしたり買い物をしたりするコースが生まれれば、お客様も楽しいし、私どもも地域に貢献できますから。反対にお店のほうから特別なラテアートを実施してくれる場合もあるんですよ」
飲食店のみならず整骨院やスイミングスクールなど、業種関係なく映画に巻き込んでいくのだそうです。そういった有機的なつながりが、街に活力をもたらしているのでしょう。
戸村「当館が行っている試みは微力ですが、塚口という街自体、若者の流入が増え、以前よりも活気があると感じます。よく『久々に塚口に来たけど、ずいぶん変わったね』と言われるんです」
一時期は閉館の危機に陥りながら、マサラ上映をはじめ、さまざまなチャレンジでV字回復を遂げた塚口サンサン劇場。繁栄の象徴でもあった塚口さんさんタウン3番館跡地にも2022年11月に16階建て分譲マンションと商業施設が合体した「SOCOLA(ソコラ)塚口クロス」が開業するなど、駅前は活況を取り戻しています。
このように変化しながら前進する塚口にいて、戸村さんは「街に映画館がある意義」を改めて感じているのだそうです。

塚口サンサン劇場は塚口の顔と言える存在になった(撮影/出合コウ介)
戸村「コロナ禍では不要不急と呼ばれた映画館ですが、もっと暮らしの中に溶け込んで、人々の日常に必要とされる場所でありたいと思います。そのためには作品を上映するだけではなく、情報や思いを発信したり、地域と手を取り合ったりしながら、街に楽しさを届けたい。マサラ上映も、その一つ。他にもさまざまな方法を試してゆき、『映画館がある街って、いいよね』と感じていただきたいです」

マサラ上映は街に楽しさをもたらす一つの方法だと語る(提供/塚口サンサン劇場・関西キネマ倶楽部)
マサラ上映の「マサラ」とは、さまざまな香辛料やハーブを混ぜ合わせた混合香辛料を意味します。静かであることをよしとする映画館であえて歓声を呼び起こしたり、ロビーにクラフトの要素を採り入れたり、バラエティに富んだ他業種とコラボしたりと、さまざまな文化を混合させる塚口サンサン劇場は、まさにマサラな存在だと感じました。
●取材協力
塚口サンサン劇場
X:Twitter
Facebook
Instagram