福岡県福岡市に建築事務所を構える原田収一郎(はらだ・しゅういちろう)さん、亜季(あき)さん夫妻は、5年前、結婚を機に賃貸ながらフルリノベーション可能なマンションに転居した。リノベにあたり、二人で何度も「自分たちに必要な部屋とは何」をすり合わせた結果、部屋の半分はなんと“庭園”に!不思議だけどかなり居心地のいい空間で、「自分が欲しい暮らしを追求することとは?」を考えた。

「おもしろい!」直感で決めた部屋。自由でいたいから賃貸で

■住宅情報

住まい中古マンション(賃貸)延床面積50平米リノベーション費用約500万円世帯構成夫(30代)妻(30代)入居年2019年5月

原田さん夫妻が入居するのは、フルリノベーションOKという賃貸マンション「吉浦ビル」だ。1973年築(昭和48年、築52年)のレトロビルは、画一的で原状回復が原則となっている通常の賃貸物件とは違って、自分だけの空間が自由自在につくれると話題を呼び、空室が出てもすぐに埋まってしまうほど。ホームページにアップされている写真を見ると、どの部屋も個性豊かで、思わず家主に会いたくなってしまう。そんな空間が広がっている。

中古マンション50平米の半分を庭園にリノベ!? 室内に土を敷いて水をまき植物と暮らす 福岡の名物賃貸・吉浦ビル

(出典:「SUUMO住まいの買う売るチャンネル」より)

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中古マンション50平米の半分を庭園にリノベ!? 室内に土を敷いて水をまき植物と暮らす 福岡の名物賃貸・吉浦ビル

キッチンはもともとあった場所の反対側に移動させたため、排水を床上に通し、グレーチングをはめている(写真撮影/加藤淳史)

中古マンション50平米の半分を庭園にリノベ!? 室内に土を敷いて水をまき植物と暮らす 福岡の名物賃貸・吉浦ビル

部屋の中には鉄板で覆われた“黒い箱”が3つあり、この中に水回り機能を集約。外部からは見えなくなっているので、景観を損なわない。写真右手はトイレと洗面、ランドリールーム、左手手前はシャワールーム、左手奥はキッチンが入っている(写真撮影/加藤淳史)

中古マンション50平米の半分を庭園にリノベ!? 室内に土を敷いて水をまき植物と暮らす 福岡の名物賃貸・吉浦ビル

中心部に設置された“黒い箱”の中。洗面、右はトイレ、左はランドリールーム(写真撮影/加藤淳史)

原田さん夫妻は結婚を機に物件探しを始め、すぐにインターネットで「吉浦ビル」を見つけた。もともと、購入についてはほとんど検討しておらず、気楽に退去・入居ができる賃貸がよかったという。

「お客様の家を設計する中でいつも考えるのですが、5年後に今の暮らしを続けているという保証はないと感じています。そんなとき、リノベーション可の賃貸物件(吉浦ビル)が空いているのを見つけたんです。

住むならおもしろいところがいいなとは思っていたので、内見を申し込んで。で、内見時にオーナーの吉浦さんに話を聞いたときは、詐欺かなと思いました(笑)。好きにリノベしていい、なおかつリノベーション費用(家賃によって価格設定が決まっている)はオーナーが負担してくれる。そんなうまい話ないよね、と。ですが、本当だったんですよね」(収一郎さん)

迷わず入居を決め、リノベーションを開始した。リノベーションは2度行っており、現在の最終形態になったのは2年ほど前。広さは室内が約50平米、バルコニーが約10平米で、現在はそのうち約半分が庭として使われている。なぜ、ここまで思い切ったリノベーションをしたのだろうか。

中古マンション50平米の半分を庭園にリノベ!? 室内に土を敷いて水をまき植物と暮らす 福岡の名物賃貸・吉浦ビル

防水シートを敷いてつくられた“室内庭園”には、日陰で育てやすい植物を選んでいる。適度な日照と湿度と風(サーキュレーターを活用)があれば、植物はいきいきと育つそうだ(写真撮影/加藤淳史)

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室内の和室からべランダを見る。大きな窓が切り取る景色も美しい(写真撮影/加藤淳史)

庭以外の部分も気になる。原田家の暮らしをのぞかせてもらった

まず、どんな部屋なのか、ルームツアーをしていただいた。

入口から入ると、すぐに収納スペースがある。右手に和室と、脱衣所・シャワールーム。和室はダブルベッドとほぼ同じサイズで、布団を敷けば寝室となる。靴を脱ぐのは和室に上がるときのみ。庭やキッチンも含めて靴を履いた生活が基本という。あとは、キッチン、トイレとランドリールームのスペースだ。
「トイレやキッチンなど明らかな機能があるところ以外は空いたスペースとして捉えています。動線は考えていません。この小さな家では動線は意識しなくてもいいんです」(収一郎さん)

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移動できる収納ボックスは最初5つつくった。次第に物が減って、亜季さんの服が入った姿見付きのボックス以外は必要なくなり、今はマンションの住人の方のところで活躍している(写真撮影/加藤淳史)

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二人で食事をするときは、アウトドア用の折り畳み式テーブルを使えばOK(写真撮影/加藤淳史)

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写真右手の収納から布団を出して敷けば、寝室に早変わり。亜季さんの早業で、敷くのも畳むのも1分以内!(写真撮影/加藤淳史)

玄関左手は庭とキッチン。庭には一枚板の大きなベンチがあるのだが、これはもともとダイニングテーブルとして使っていたものだそう。

「うちの夫婦は二人でテーブルを囲んで食べる機会が少ないな。だったらベンチにしちゃおう」と脚をカットしてもらった。このベンチに腰掛けて食事をすることも多い。

キッチンは、料理に凝らないからと、最小限のスペースで。ステンレスのL字型天板にシンクを入れ、棚はDIYでつくっている。一人だと、ここに座って食べることもある。鏡があるのは、亜紀さんがここで身支度もしているから。「水が出る場所なので、あまり使い方にこだわらず、ここが便利なんです」。貴重なスペースそれぞれに、いろんな機能を持たせている。自分たちの生活で必要なことは何なのか、突き詰めてつくり上げた空間だった。

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キッチン兼メイクコーナー。「水回りの鉄板がさびつき、“味”が出てくるのも楽しみ」と原田さん夫妻(写真撮影/加藤淳史)

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壁は鉄板を使用している。

磁石でくっつくので、iPadをケースごとくっつけてYouTubeを見ながらお皿を洗うことも(写真撮影/加藤淳史)

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キッチンの一角は、亜季さんのメイクコーナー。1つの場所にいろいろな機能を持たせている(写真撮影/加藤淳史)

公園にいるような、自然と触れ合う日々

では、いよいよ本題へ。なぜ、部屋のほとんどの空間を庭にしたのだろうか。

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リノベーションの初期段階では、現在の庭の部分は土間で、大きな鉢植えを置いていたという(写真提供/原田さん)

「住宅設計の仕事をする中で、庭のデザインを重視していて、大事だと思っているし、好きでもありました。設計も造園施工も自分たちで手掛けます。庭を提案していく中で、自分のところに緑がない、鉢植えだけじゃ説得力がないと感じました。部屋の中にお庭があったら気持ちいいんじゃないかな、吉浦さんは多分いいって言うよねと、やってみることにしたんです。吉浦さんのあの感じがあったから自由にできたのかな」と収一郎さん。実際に、完成してからオーナーの吉浦さんに見せたところ、快諾してくれたそうだ。

この庭は、床に防水シートでプールを設置しているようなイメージ。そこに土を入れ、薄い石灰岩の石を配置し、樹木やコケを植えている。メリットは、緑を近くに感じて落ち着ける、リラックス効果が高いこと。デメリットは、あえて言えば手入れ。

水やりや定期的な剪定(せんてい)、落ち葉拾いなどはやや手がかかる。

だが、「掃除機をかけるところが少ないので、それが楽です」と亜希さん。「庭にして正解。緑が近くにある。空間的にもおもしろい。使えるところは狭くなったんですけど、広く快適になった気がします」と笑顔で話す。
「排水や湿度は問題ないか」と、よく質問されるそうだが、湿度は快適、冬は乾燥せず夏はじめじめしないそうだ。退去の際に原状回復は求められているわけではないが、それも可能なようにつくられている。

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草木が枯れたら抜き取って、ホームセンターで買ってきて植える。景色が変わっていくのもおもしろいという(写真撮影/加藤淳史)

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外のベランダには、よく鳥がやってくるという。大きな窓を全開にすることもできて、まるで公園にいるよう(写真撮影/加藤淳史)

暮らしについて、考え続ける中で行きついた答え

二人にとって、これで必要十分なのか。もちろん最初から答えが出ていたわけではない。

「どちらかというと、僕らもあまりどう住むのかが手探りだったので、思い切って住んでみたいという家をつくって、それから住める工夫をしていけばいいと考えたんです」と収一郎さんは振り返る。

そもそも収一郎さんが一人暮らしをしていたときは、部屋にはBluetoothスピーカーだけ。電子レンジも洗濯機もない、“スーパーミニマリスト”の暮らしだった。一方、亜希さんは、一般的な女性の一人暮らし程度の物はあった、と振り返る。

設計したプランを見ながら「収納できる量はこれぐらい」と分かるのは、この仕事に就く人ならでは。「プランに合わせて物を減らしてみたら、意外と減らすのっていいなと思って」(亜季さん)。この部屋で亜希さんからプランの段階で注文をしたのは、「トイレの天井が欲しい」ということだけだった。当初、トイレには天井がない想定だったが、天井にフロストガラスを置くことで、必要な彩光も取れ、無事に双方を解決できた。

普段から二人の会話のほとんどは、家のこと。「この状態で良しとするんじゃなくて、ここにこんなのがあったらいいんじゃないとか、飽きることなくそんな話をしています。僕はライフスタイル、暮らしのマニア。これってなくていいんじゃない?暮らしを現代や自分たちに合わせて考えるのが好きなんです」(収一郎さん)

二人にとっての楽しいこと、快適で居心地がいいこと、情緒的な価値を感じる瞬間を大切にしている。「しなくてもいいという価値観を見つけた瞬間は、何とも言えない開放感に包まれます」(収一郎さん)

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玄関正面の部分にある収納スペースには、靴や書籍などが入っている。右にある姿見は移動できるボックス収納にもなっている(写真撮影/加藤淳史)

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シャワー室は意外に奥が広い。毎日のお風呂掃除が大変だと考え浴槽は入れなかったが、「お風呂に漬かりたい」という日もあるそう(写真撮影/加藤淳史)

今後の新たな展開。レンタルスペースとしても活用したい

個性あふれる吉浦ビルの住人にはLINEグループがあり、イベントや不要品などのやりとりもしている。「新しい入居者の方からごあいさつがあったり、コロナ禍前までは1階スペースでバーベキューをしたりしていました。同じマンションで仲のいい人がいて、今も数家族で集まって吉浦会をしていますよ」(収一郎さん)

時には住人の方から収一郎さんに、空間デザインなど仕事の依頼が入ることもある。この部屋の一角で展示会をしたことも。「これからもレンタルスペースとして展示会をやってみたい。僕たちは夜、寝るだけにすれば、生活をしながらそれも可能だなと思います」。
別の部屋が空いたらそこを借りてまたリノベーションをしたいなど、二人の楽しい夢は尽きない。

自分たちだけの楽しさを追求し、自分が必要とする暮らしとは何か考える。お二人の話を聞きながら、「常識という壁を取り払って、自分も生活について突き詰めたら、その先にどんな新たな暮らし方ができるだろう」、そうワクワクするイメージが広がっていくようだった。

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和室の空間も、インスタレーションなどに合いそう。イメージが広がっていく(写真撮影/加藤淳史)

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鉄の壁に展示したこともある。人が遊びに来たときは、土間をイスに、ベンチをテーブルにしてキャンプのように過ごすそうだ(写真撮影/加藤淳史)

●取材協力
原田収一郎さん、亜季さん
しう(@siu_moar)

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