作家の羽田圭介さんはここ数年、「理想の住居」を求めて、家探しを続けてきました。2025年4月にはその顛末を綴った書籍『羽田圭介、家を買う。

』(集英社)を上梓されています。

実家だった郊外の戸建てや都心の賃貸ワンルームマンション、高層マンションの高層階など、さまざまなタイプの家を住み継いでゆく中で、自分の理想を叶える家を手に入れるには「4~5億円」が必要だと思い至り、資金づくりと物件探しに奔走した羽田さん。その住まい遍歴や、妥協なき家探しについて、じっくりと語っていただきました。

新卒2年目の23歳、いきなりマンションを買う

作家・羽田圭介の妥協なき家探し:引越し10回の末の住まい論とは? 新刊『羽田圭介、家を買う。』インタビュー

小説家。1985年東京都生まれ。高校在学中の2003年に『黒冷水』で第40回文藝賞を受賞しデビュー。2015年、『スクラップ・アンド・ビルド』で第153回芥川賞受賞。著書に『Phantom』(文藝春秋)、『滅私』(新潮社)、『タブー・トラック』(講談社)、『バックミラー』(河出書房新社)など(写真撮影/相馬ミナ)

――羽田さんは実家を出て独立してから現在の家を購入されるまで、10回もの引越しを繰り返されてきたそうですね。これまでの住まい遍歴を振り返っていただきたいのですが、まず、初めて一人暮らしを始めたのが大学3年生のころだったと。

羽田圭介さん(以下、羽田さん):大学に入ってしばらくは埼玉の実家から都内のキャンパスに通っていました。当時はすでに小説家デビューしていて、通学時間を削ればもっと執筆に充てられると思い、実家を出ようと。

もちろん、それだけではなく一人暮らしに憧れていたというのもあります。実家だとインテリアを好き勝手にできないじゃないですか。

父親のゴルフバッグとか謎の機械とか、勝手にどけられない邪魔くさいものが多くて、これは一人暮らしじゃないと無理だなと。

就活が始まるくらいのタイミングで不動産屋に行き、いくつか内見して契約しました。東京都江戸川区の賃貸マンションで、間取りは1LDK、家賃は9万1000円です。その時はなぜか、「RC造(鉄筋コンクリート造)しかあり得ない」と思っていました。実家は木造一軒家だったのに、なぜか木造を下に見ていたというか、「強いコンクリート」への憧れみたいなものがあって。

このマンションには大学4年の8月まで住んで、就職後に配属先の近くにある社宅へ引越しました。

作家・羽田圭介の妥協なき家探し:引越し10回の末の住まい論とは? 新刊『羽田圭介、家を買う。』インタビュー

(写真撮影/相馬ミナ)

――その社宅に1年半弱住んだのち、23歳で早くもマイホームを購入されたと。東京郊外の中古マンションで、間取りが2DKということですが、なぜ社会人1年目で家を買おうと思われたのでしょうか?

羽田さん:母親からすすめられました。会社を辞めて作家一本でやっていこうと決めた時に母から大反対されて、「会社を辞めて専業作家になんかなったら社会的信用がなくなるよ」と。それでも僕が頑なに折れずにいると、「じゃあせめて、(会社員のうちに)ローンを組んでマンションを買っておきなさい。信用がなくなったら家も買えなくなって、のたれ死ぬよ」と言われました。そういうものかと思い、まあ銀行からお金を借りて買えるならいいかなと。

多摩エリアのマンションにしたのも母の誘導によるものですね。7歳まで住んでいた実家も多摩にあったし、母たちの年代って、「田舎から上京した人が住むところ=東京の西側」っていう考えの人が多いみたいで。結局、流されるまま買ってしまいました。購入のプロセスとしては大間違いだと思いますが、そこには5年半住んだ後に購入価格より少しだけ上乗せした価格で売れたので、結果的には良かったのかもしれません。

作家・羽田圭介の妥協なき家探し:引越し10回の末の住まい論とは? 新刊『羽田圭介、家を買う。』インタビュー

23歳から暮らした東京郊外の分譲マンション。羽田さんにとって初めての住宅購入(イラスト作成/SUUMOジャーナル編集部)

――ちなみに、どうして売却を?

羽田さん:当時、気分転換といえばプロジェクターで映画を見るか自宅での筋トレくらいしかなくて、筋トレしながら映画を見るのにソファーが邪魔で売っぱらったんですよ。40平米くらいの部屋ってソファーがなくなるとガランとするんですよね。その時にふと、「あれ?なんでこんなところに住んでるんだろう?」と思ってしまって。一人暮らしにはだいぶ広く感じられるし、将来結婚するとしても広さが全く足りない。どっちにしても中途半端な家だなあと。よく考えたら、独身なのに郊外に住んでいる理由もないですしね。

はじめはマンションを人に貸して、その賃料で自分は都心に別の家を借りようと思いました。

ただ、賃貸の入居者を募集しながら売却にも出していて、売却のほうが先に話がまとまったので売りました。

作家・羽田圭介の妥協なき家探し:引越し10回の末の住まい論とは? 新刊『羽田圭介、家を買う。』インタビュー

(写真撮影/相馬ミナ)

芥川賞を受賞後、1~2年ごとに引越しを繰り返す

――東京郊外のマンションを売却して、次はどこに引越しましたか?

羽田さん:刺激を求めて都心に引越しました。家賃7万8000円、24平米のワンルームマンション。実家にいたころを含めて、人生で最も狭い部屋です。天井も異様に低く思えて、押しつぶされそうな感じがしました。越してきて数カ月後に芥川賞を受賞し、いろんなものを贈っていただくようにもなって、さすがに限界だなと。

作家・羽田圭介の妥協なき家探し:引越し10回の末の住まい論とは? 新刊『羽田圭介、家を買う。』インタビュー

羽田さんにとって「人生で最も狭い部屋」となった都心の賃貸マンション。ここに住み始めてすぐ、芥川賞を受賞する(イラスト作成/SUUMOジャーナル編集部)

羽田さん:都心の家には1年だけ住んで、都内の別の2LDKの賃貸マンションに引越しました。広さと家賃が倍くらいになりましたが、印税の使い道も特になかったので、家賃くらいは奮発してもいいかなと思って。

――ちなみに、ここから先も複数回の引越しを重ねていくわけですが、その度にかかる初期費用もばかになりませんよね。ちょっともったいないような気も……。

羽田さん:確かに手数料とかはめちゃくちゃ無駄だし、数カ月で引越した時はさすがにもったいないなと思いました。ただ、損したくない、みたいな感覚よりも、引越し先で今以上に楽しい生活が待っているなら動いたほうがいいというか。

引越し自体も、まるで苦じゃないタイプです。引越しが億劫だという人もいますけど、自分としては何も大変じゃないと思うし。

――なるほど。実際、都内の2LDKのマンションも2年ほど住んで、また別の賃貸マンションに移っています。都内の分譲マンション(分譲賃貸)の高層階で、家賃も一気に上がったと。

羽田さん:もともとホテルライクな部屋に憧れがあったのですが、それまでの家は賃貸仕様ということもあり、インテリアだけで理想に近づけるのは限界がありました。特に、床材や浴室のバスタブ、トイレなんかはホテルライクになりようがなくて。世界観を変えるには、結局のところハイグレードな物件に引越すしかないなと。

次の家は高層マンションで家賃はかなり上がりましたが、それまで住んできたところとは何から何までグレードが違っていて感動しましたね。眺望も抜群で、何より静かなのがよかった。夜中に騒ぐような人もおらず、「家賃って、出せば出しただけ快適になるんだな」と実感しましたね。

ただ、そこも2年ちょっとで引越すことになるのですが。

「4~5億円の豪邸を買いたい」と思った理由

――それほど満足していた家なのに、どうしてですか?

羽田さん:今はそこまで気にしなくなりましたが、当時はマンションの内装材に不満を感じていて。ビニールの壁紙や、本物の木ではない木目調の内装など、どことなく「偽物」に囲まれている気持ちになってしまったんです。

床から壁まで、目に見えるほとんどの部分が木材で造られた、「本物」を感じる家に住みたいと考えるようになりました。

――羽田さんの著書『羽田圭介、家を買う。』でも言及されていますが、そこから本格的な家探しが始まったと。

作家・羽田圭介の妥協なき家探し:引越し10回の末の住まい論とは? 新刊『羽田圭介、家を買う。』インタビュー

『羽田圭介、家を買う。』(集英社)

羽田さん:はい。最初はどこかの別荘地で、木材を多用したログハウスを建てることを考えました。東京ではなかなか定住場所が定まらず、これからも引越しを繰り返すかもしれない。それとは別に、山梨や長野、軽井沢あたりに「定点」となる家を買ってもいいんじゃないかと。ただ、さすがに東京からは遠すぎて、そのうち足が向かなくなるかもしれません。

となれば、残る選択肢は東京都内で、偽物感のない家を買うこと。試しにポータルサイトで都内のいくつかの区をエリア指定し、「上限額なし」で検索してみたところ、魅力的だと思える家は青山や神宮前、千駄ヶ谷近辺にあり、価格は4~5億円が相場でした。

さすがに4~5億円となると、芥川賞を受賞してからそれなりに稼いでいた自分でも実労働の収入だけでは届かないので、資産運用にも頼りつつ、理想の家探しを始めました。

――理想の家を探す間にも住み替えを重ねられています。

その後も何度か住み替えを繰り返して分かってきたのは、僕が憧れるような家って賃貸では難しくて、買わないと手に入らないんだなということ。特に東京都心だと、理想通りの物件が賃貸で出てくることは本当に稀ですしね。結局のところ、購入するしかないんだろうなと。

家のことを考えなくてよくなるくらい、小説に専念したい

作家・羽田圭介の妥協なき家探し:引越し10回の末の住まい論とは? 新刊『羽田圭介、家を買う。』インタビュー

(写真撮影/相馬ミナ)

――最終的に羽田さんが出した結論の詳細は本のネタバレになるので伏せるとして、現在は理想に近い環境で暮らせているのでしょうか?

羽田さん:そうですね。快適です。

――羽田さんの家探しや、これまでの転居のご経験をふまえて、今まさに引越しを考えている人に何かアドバイスをいただけますか?

羽田さん:うーん、どうでしょうね。一つだけあるとすれば、賃貸にせよ持ち家にせよ、職場からめちゃくちゃ遠い場所で買ったり借りたりするのはおすすめしないですね。住居コスト節約のために郊外に住む人もいると思いますが、そのぶん通勤・通学で体力や“考える時間”など、色んなものを失っている気がして。

でも、パッと思い浮かぶのは本当にそれくらいしかないですね。本来、家探しなんてそこまで悩むことなのかなとも思いますし。

――そこまで悩む前に、妥協してしまう人も多いのだと思います。羽田さんの場合は何度も転居を繰り返しながら理想の家を追い求め続けてきましたが、なかなかできることではないですよね。

羽田さん:果たしてそれが良いことなのかというと、分かりませんけどね。周囲には家にさほどこだわりを持たず、同じ賃貸マンションに20年ほど暮らしている編集者なんかもいて、むしろそっちのほうがカッコいいと思うこともあります。

そういう人ってつまり、暮らす場所に関係なく充実した人生を送れているわけですから。僕の場合は、自分の人生が思い通りにいかない不満を家のせいにして、転居を繰り返してきた側面もあるのかなと思います。

結局は、「家のことを考えなくてよくなるくらい、何かに熱中しろ」っていうことなのかなと。僕の場合は、執筆に集中するための家探しでもあったので、これからはひとまず家について考えることはやめて、小説を書くことに専念したいと思っています。

作家・羽田圭介の妥協なき家探し:引越し10回の末の住まい論とは? 新刊『羽田圭介、家を買う。』インタビュー

(写真撮影/相馬ミナ)

●取材協力
小説家・羽田圭介さん
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●紹介書籍
『羽田圭介、家を買う。』
「週刊プレイボーイ」で1年半にわたり連載された「作家・羽田圭介 資産運用で五億円の豪邸を買う。」を再構成し、新たな書き下ろしを大幅に追加。家を買いたい人、迷っている人、家はいらないと考えている人も、「家」を探求するすべての人へ。人生最大の決断「家を買う」、これは究極の買い物ドキュメント。

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