30年以上にわたって世界中の名建築を取材してきた建築ジャーナリスト・淵上正幸氏に、その独創性で際立つ建築物を紹介いただく連載28回目。今回は、アメリカ・シカゴにある超高層タワー「セント・リジス・シカゴ(Saint Regis Chicago)」を取り上げる。

女性の設計において世界で最も高い超高層建築

アメリカ・ニューヨークは世界にその名を知られた名建築が集積する大都市のひとつだ。なかでも強い存在感を放っているのが、林立する超高層建築だろう。ニューヨークでは、今から100年ほど前に超高層ビルが次々に登場し、高さ世界一が競われていた歴史がある。1930年に竣工した高さ約319mのクライスラー・ビルディング、1931年竣工、約443mのエンパイア・ステート・ビルディングなどが代表格だ。

……しかし、アメリカの超高層建築の発祥地はニューヨークではなく、シカゴであるということはご存じだろうか? 世界初の鉄骨構造による高層ビルは、1885年にシカゴで竣工したホーム・インシュアランス・ビル(10階建て。後に12階建てに増築)とされている。後には、アメリカ最大級の建築事務所・SOM(Skidmore, Owings & Merrill スキッドモア・オーウィングズ・アンド・メリル)の設計による、ジョン・ハンコック・センター (約343m、1970年竣工)、ウィリス・タワー(423m、元のシアーズ・タワー、1974年竣工)、トランプ・インターナショナル・ホテル・アンド・タワー(R)(415.5m、2009年竣工)などが登場。“揺籃の地”としての威信を守っている。

そして2021年、歴史あるシカゴ・スカイラインに加わったのが今回紹介する「セント・リジス・シカゴ」だ。最高部101階建て、約362m。計393戸のレジデンスと、客室総数191のホテルが入る複合タワーである。設計は本連載にたびたび登場している世界的女性建築家、ジーン・ギャング。本作は現在、シカゴで3番目に高い超高層建築だが、“女性建築家による設計”という条件下では、世界で最も高い建築物となる。

世界の名建築を訪ねて。外壁の緩やかな起伏が独創的な三連結タワー「セント・リジス・シカゴ(The St. Regis Chicago)」/アメリカ

この写真のなかでは最高層のタワーがセント・リジス・シカゴ。「ビスタ・タワー」の別名もある。タワー右側がシカゴ川、手前は北米五大湖のひとつ、ミシガン湖©Tom Harris

緩く起伏を繰り返す外観形状は「截頭錐体(せっとうすいたい)」から着想

目を引くのは、それぞれ47階、71階、93階建て(機械設備室を含めると101階建てとなる)と、段階的に高さが異なる3つの連結タワーと、外装ガラス壁で構成されている外観デザインだ。セント・リジス・シカゴ レジデンスの公式HPによると、緩く起伏を繰り返す形状は、自然界に存在する「截頭錐体(せっとうすいたい ※)」から着想を得たとのこと。この形状は、特に水晶、蛍石(ほたるいし)、サファイアの結晶構造に見られるものだという。

※円錐や角錐などの錐体(すいたい)を、底面に平行でかつ頂点を通らない平面で二つに切ったときの、頂点を含まない部分を指す。円錐(えんすい)台や角錐(かくすい)台とも呼ばれる。前者はバケツやプリン、紙コップのような形状。後者はピラミッドの頂上を平らにしたような形状。

世界の名建築を訪ねて。外壁の緩やかな起伏が独創的な三連結タワー「セント・リジス・シカゴ(The St. Regis Chicago)」/アメリカ

セント・リジス・シカゴをシカゴ川側から撮影。緩く起伏している外観デザインが見て取れる。ちなみに47階は全体がアメニティ専用フロアとなっており、フィットネス、エンターテイメント、レジャー、社交施設などのほか、プールとリラックスできる禅庭園テラスも設けられている©Tom Harris

「離れてタワーを見てみると、高さが異なるセント・リジス・シカゴのシルエットは、ウィリス・タワーやトランプ・インターナショナル・ホテル・アンド・タワー(R)を想起させます。というのは、セント・リジス・シカゴも、後者の2つのタワー同様、広い基壇部が建築物の最高点に向かうにつれ、順を追って細くなる形状をしているからです。

マンハッタンの“ビリオネアーズ・ロウ”(億万長者通り)の狭い敷地に建ち並ぶ、細く危うげなシガレット状の超高層建築とはまったく異なり、安定感がある印象です」

この形状の違いの大きな要因のひとつは、ニューヨークとシカゴの土地価格の差にあると淵上氏は指摘する。

「周知のとおり、ニューヨークの土地価格が異常に高いために広大なスペースを確保することは難しい。そのため建築家には、極めてスレンダーな、シガレット状の高層タワーを設計することが求められるわけです。その点、シカゴでは同じ予算で広い土地面積を得られるでしょうから、物理的な制約が少ない環境で仕事をすることができる。シカゴのほうが“建築作品”はつくりやすいと思いますね」

地域社会に配慮した中央基壇部の仕掛けも特徴

また、地域環境に根差したランドスケープも、本作の優れたポイントであると淵上氏。

「タワー中央の基壇部を地上レベルから持ち上げて、車と歩行者が通れる空間を創出しています。これによって、タワーの北側にあるシカゴ川沿いの遊歩道と、南側にあるレイク・ショア・イースト・パークは、セント・リジス・シカゴをくぐるトンネルのような通路で結ばれました。近隣のビジネスマンやホテル宿泊客などに配慮した設計といえるでしょう。実はジーン・ギャングはシカゴの出身。この通行空間は、故郷への心遣いなのかもしれません」

世界の名建築を訪ねて。外壁の緩やかな起伏が独創的な三連結タワー「セント・リジス・シカゴ(The St. Regis Chicago)」/アメリカ

タワー中央の基壇部を地上レベルから持ち上げて、車と歩行者が通れる空間を創出。これによって北側のシカゴ川沿いの遊歩道と、南側のレイク・ショア・イースト・パークが結ばれた©Tom Harris

ちなみに、セント・リジス・シカゴの南西約100mの場所には、以前に本連載で紹介した、ジーン・ギャング設計の「アクア・タワー」が建っている。

「アクア・タワーは、最大3.6mほど突出している“曲面テラス”に覆われていることで、等高線のようにうねった外観デザインがユニークな超高層集合住宅タワーです。

セント・リジス・シカゴを現地で鑑賞する機会があれば、ぜひ、アクア・タワーもご覧になってください。同じ建築家でも、プロジェクトによってこれほど発想が違うのか、と驚くこと請け合いです」

世界の名建築を訪ねて。外壁の緩やかな起伏が独創的な三連結タワー「セント・リジス・シカゴ(The St. Regis Chicago)」/アメリカ

セント・リジス・シカゴからアクア・タワー(右から二番目)を望む。同じジーン・ギャングの設計とは思えない外観デザイン©Tom Harris

【編集後記】
セント・リジス・シカゴの外装を覆うガラスは、周辺地域への過度な太陽光反射の防止と、タワー至近のミシガン湖上空を飛ぶ鳥に危険をもたらすバードストライクの低減を極力両立させる、特殊なプロダクトであるとのこと。設計した建築物の利用者や地域コミュニティ、さらに自然環境との良好な関係構築を重視するジーン・ギャングなればこその配慮といえる。
2019年には、シカゴ・オヘア国際空港の新ターミナル設計コンペで勝利し、現在、プロジェクトが進行中。空から見るとターミナルの形状は分岐するシカゴ川を象徴する市の市章「Yシンボル」をモチーフとしており、一目でシカゴとわかる明確なアイコンになる計画だという。完成予定は2030年。またひとつ、シカゴにおけるジーン・ギャングの名建築が増えることになりそうだ。

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