東京・有楽町の交通会館に、『わかやま紀州館』という和歌山県の名産品が集まるアンテナショップがあります。数年前、ここでちょっとびっくりするほどでっかい椎茸が販売されているのを見かけました。

 その椎茸、ただ貫禄があって美しいだけでなく、どこかしらプリッとしていて、愛嬌があるのです。椎茸の入った袋には“龍神マッシュ”と書かれていました。ずいぶん勇ましい名前だなぁ、と感心しました。

 結局その日は買わずに帰ったのですが、後になって、あの龍神マッシュをわざわざ仕入れている料亭やレストランも多いと聞き、大後悔しました。「バターをのせてこんがり焼いて、醤油でもちょいとたらして食べたら最高だっただろうな」と。

 ところが最近、和歌山県田辺市を訪れる機会があり、その龍神マッシュが生まれる龍神村の生産現場を訪ねることができました。

 龍神村の場所は和歌山県中部の東側、高野山と熊野古道を結ぶ中間地点。土地の約70%を標高500m以上の山岳が占め、総面積の約90%を森林に覆われた秘境感満点のエリアです。

和歌山が誇る最強のきのこ「龍神マッシュ」とは? 龍神村で生まれる幻の巨大しいたけを追う

 山間部ならではの澄んだ空気と清流・日高川のせせらぎ……。豊かな自然に恵まれた龍神村は、日本三美人湯のひとつとして知られる龍神温泉が湧き出ていることでも有名です。

龍神マッシュは中学校で生まれる!?

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龍神マッシュは廃校になった下山路中学校跡地で育てられている

 さて、地元の方に龍神マッシュの生産現場に案内してもらったのですが、なんとその場所は意外にも中学校! 厳密に言えば、廃校になった元・中学校でした。

 校庭には龍神マッシュを育てる17棟のハウスがズラリ。森林が総面積の約90%を占めるという龍神村の環境からして、てっきり原木栽培かと思い込んでいましたが、実は龍神マッシュは菌床(きんしょう)栽培されていることが判明。

 この龍神マッシュを育てているのは、株式会社龍神マッシュの代表を務める地元出身の伊藤委代子さん(78)。非常にパワフルな女性で、取材に訪れた日も、さっそうと軽トラを運転して校庭にやってきました。

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軽トラで校庭に現れた伊藤委代子さん。背後にある建物が龍神マッシュの育成ハウス

「株式会社龍神マッシュは、かねてより地域の発展を願っていた2人の建設業者から想いを託された会社です。椎茸を育て始めたのは2008年。昔から、龍神村では原木の椎茸栽培が盛んだったんですよ。でもサルやらイノシシやらの獣害が増えてね。そこで安定して作れる菌床栽培の椎茸を作ることにしました。地域の雇用創出の目的もあってね」(伊藤さん・以下同)

 2025年現在、ここでは7人のスタッフさんが、まるで子どもを見守るように、大事に大事に龍神マッシュを育てています。聞けば、1棟のハウスに、7000の菌床が設置されているとのことで、管理がものすごく大変だそう。

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伊藤さん(左)と、この日ハウスで働いていた玉置さん(右)

「ハウスで椎茸を菌床栽培してるとこ、全国にたくさんあるでしょ? でも、うちはその中でも一番じゃないかと思うくらい、すごく手をかけてるんです。菌床への水やりは朝・昼・夕。水のあげすぎもよくないから適度に乾いたところでまた水をかけて。

棚に収めた菌床も、様子を見てしょっちゅう上下を入れ替えたりね。スタッフが交代で働いてくれてるんですけど、もうみんな大変ですよ(笑)」

 菌床に生えた龍神マッシュは、ある程度大きくなって収穫されると一週間くらいでまた生えてきます。このサイクルが、一つの菌床で半年ほど繰り返されるとのこと。

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立派に育った龍神マッシュ。小さいものや形のよくないものは干し椎茸にする

 こうして愛情をたっぷり注がれた龍神マッシュは、地元のスーパーに出荷されたり、前述のように全国の日本料理店などからも引き合いがあると言います。愛される理由の一つは、“クセがなく食べやすい”ことだと伊藤さん。

「龍神マッシュは肉厚でジューシー。コリコリとした歯ごたえも魅力です。また、椎茸特有の匂いもヌルヌル感も少ないのが特徴。だから椎茸が苦手な人も、これだったら食べられる、と言う人も多いんですよ」

 伊藤さんのオススメの食べ方は、素揚げやフライ、天ぷらなどの揚げ物。確かに、淡白でクセがなく、歯ごたえ抜群の龍神マッシュを楽しむにはもってこいの食べ方ですね。

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特に大きくて形の良いものは進物用になる

 もちろん、シンプルに焼き網で炙って「焼き龍神マッシュ」にしたり、焼いた龍神マッシュの上にリゾットを盛り付けて「龍神マッシュ・リゾット」にしてもおいしいそう。

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旧職員室で出荷の作業が行われていた

 この龍神マッシュ、東京・有楽町の交通会館にある『わかやま紀州館』に毎週金曜日に入荷するほか、龍神村の特産品を販売するサイト「龍神はーと」でお取り寄せも可能です。

道の駅でいざ龍神マッシュを実食!

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道の駅 水の郷日高川 龍游

 伊藤さんの熱い“龍神マッシュ愛”に触れ、すでにお腹がペコペコの取材班、次に向かったのは、同じ龍神村の日高川のほとりにある『道の駅 水の郷日高川 龍游』です。

和歌山が誇る最強のきのこ「龍神マッシュ」とは? 龍神村で生まれる幻の巨大しいたけを追う
道の駅内の『龍游館』では、地元・龍神村のこんにゃく、ジビエ、鮎、あまご、ゆず果汁などの特産品が並ぶ。もちろん龍神マッシュも購入可能

 ここで2011年から営業している『つぐみ食堂』で、あの龍神マッシュを使った料理がいただけるのです。

 注文したのは、「龍神しいたけ丼」と「龍神しいたけバーガー」。どちらも肉厚の龍神マッシュが主役の人気メニューです。

 まずは、つぐみ食堂のイートイン人気No.1メニューだという「龍神しいたけ丼」からいただきます。フライにした龍神マッシュが、ご飯の上にドーンと鎮座。カツ丼のしいたけバージョンと言えるでしょう。

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「龍神しいたけ丼&龍神そばハーフset」1300円。並は龍神マッシュのフライが2枚、大盛は3枚のっている

 肉厚の龍神マッシュを箸でつまみあげるとずっしりとした重量感が伝わってきました。

 かぶりつくと、前歯がサクサクの衣を通過し、龍神マッシュに沈み込むあたりで、なんともジューシーな肉汁ならぬマッシュ汁があふれ出てきました。噛むとコリコリッとした龍神マッシュの食感が心地良く、非常に美味。

 もはやこれは肉と言っても過言ではありません。それほど食べ応えがあります。全体にかかっているつぐみ食堂特製のソースも相まって、ご飯が止まりません! この「龍神しいたけ丼」、道の駅を訪れるバイカーたちに絶大な人気を誇るそうですが、それも納得のボリューム感とおいしさでした。

和歌山が誇る最強のきのこ「龍神マッシュ」とは? 龍神村で生まれる幻の巨大しいたけを追う
「龍神しいたけバーガーセット」1200円(ポテト・ドリンク付き)。+250円でゆずシロップをペリエで割っていただく爽やかな「ゆずソーダ」(写真奥)に変更可能

 お次は「龍神しいたけバーガー」。観光客はもちろん、地元・龍神村の人が県外の人へのお土産として購入することも多いのだとか。

 こちらも超肉厚の龍神マッシュ・フライが、ベーコン、レタスとともにバンズに挟まっています。ビーフパティに負けずとも劣らぬ存在感と食べ応えで、実に旨し。

 龍神マッシュのおいしい余韻に浸りつつ、道の駅を後にしたのでした。

日本三美人の湯で癒やされる

和歌山が誇る最強のきのこ「龍神マッシュ」とは? 龍神村で生まれる幻の巨大しいたけを追う
日本三美人の湯の一つ龍神温泉郷。こちらは日高川沿いにある源泉100%の共同浴場「龍神温泉元湯」

 お腹いっぱいになったら、今度は日高川沿いにある「龍神温泉」へ。島根県の湯の川温泉、群馬県の川中温泉と並ぶ「日本三美人の湯」に数えられる名湯中の名湯です。

 泉質は、ナトリウム炭酸水素塩泉(重曹泉)で、湯から上がると肌がツルツル&しっとり潤います。

 露天の岩風呂でのんびりお湯に浸かり、龍神村の山間の風景を眺めていると、あの龍神マッシュのおいしさと、伊藤さんの弾けるような笑顔が浮かんでくるのでした。

◎熊野観光情報をあわせてチェック!
https://www.wakayama-kanko.or.jp/features/kumano_area

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・【特集】和歌山の“おいしいもの”を探す旅

●SHOP INFO
龍神マッシュ
住:和歌山県田辺市龍神村甲斐ノ川500
TEL:0739-77-0081
営:9:00~16:00
休:土・日・祝

道の駅 水の郷日高川 龍游
TEL:0739-77-0380
住:和歌山県田辺市龍神村福井511
売店9:00~17:00
つぐみ食堂11:00~14:30
休:火(祝日の場合は営業、翌日休)・年末年始

龍神温泉元湯
住:和歌山県田辺市龍神村龍神37
TEL:0739-79-0726
営:7:00~21:00(最終受付20:40)
無休

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